ファンタジーな100のお題 シロー連作2 20 花束 |
AkiRa(E-No.633PL)作 |
2004/05 |
花束 |
〔執筆者あとがき〕 |
花束 |
「じゃあ、ちょっと行ってくらぁ」 そう言ってシローが家を出てから、もう三日が過ぎようとしている。 十六歳で戦士の道を選び、四年間大陸中を駆け巡ってきた彼には、フロースパーの自警団の仕事は退屈すぎるのだろう。 突然ふらりとどこかへ出かけては、数日戻ってこない――こんな事が、この二月あまりで何度もあった。 一つ屋根の下で暮らしているとはいえ、たまには息抜きも必要だ。 家に取り残されるたび、リンファンはそう自分を納得させている。 ――でも、しかし。 今日になっても帰ってこないとは、一体どういうつもりなのだろうか。 七月二十三日。この日は、リンファンの十八歳の誕生日だった。 「……二十三日までには帰ってくる?」 出発の朝、彼女は恋人の背中へと問いかけた。 記念日を一緒に過ごす、暗黙の約束。 それに対し、シローは一言「ああ」と答えたきり、そのまま振り向きもせずに家を出ていってしまった。 二十三日が何の日で、リンファンが何を求めているのか――果たして彼は理解しているのだろうか? 鬱屈と焦慮が、交互に彼女を襲う。 「――ああ、もう!」 苛立ちも露に、ベッドへと倒れこむリンファン。 もう外はすっかり暗くなっており、彼女の誕生日も残すところあと数刻となっていた。 いつの間にそばに来ていたのか、飼い猫のトラが頭を摺り寄せ、腕や指を舐めてくる。 その毛皮を撫でてやりながら、リンファンは思いを巡らせていた。 シローと出会ったのは、昨年の春。 彼が旅の途中で拾った猫を、リンファンが引き取ったのが縁の始まりである。 あれから、シローは街に立ち寄るたび彼女を訪ねるようになった。 その回数は次第に増え、いつしか二人は恋人の関係となり――そして、今は一緒に暮らしている。 初めて見たシローは、無愛想で粗野な青年だった。 大雑把で、口下手で、不器用で――どこまでも嘘のつけない男。 言葉足らずな、突き放したような彼の口調も、何故か不快ではなかった。 本来持つ優しさや暖かさを、わざと覆い隠しているような気がしていたからだ。 きっと、そういった部分を外に出すのが照れ臭いのだろう。 シローの美点であり、またリンファンが強く惹かれてきた部分。 だが、同時にそれは彼の大きな欠点でもある。 先日、二人で市場を散策していた時のこと。 花売りの露店を見かけて、リンファンは足を止めた。 ワゴンいっぱいに広がる色とりどりの花々。 心躍らせる彼女に、店番の男はにこやかに声をかけてきた。 「いらっしゃい。枯れない花束もあるよ、どうだい?」 「枯れない花束?」 「特に精霊の力が強いところで育った花は、摘んでもなかなか枯れないんだ。 水を絶やさないで上手に面倒をみてやれば、このまま何年も咲き続ける」 「へえ……」 男の指した花束を、思わずまじまじと見つめるリンファン。 値札は結構な額が書かれていたが、その生命力に溢れた美しさには、確かにそれに見合う価値がありそうだった。 「おい、もう行くぞ」 不意に腕を引っ張られて振り向くと、そこには不機嫌なシローの顔。 もともと短気な彼は、一刻も早く先に進みたくてたまらない様子だった。 「シロー……もう、まだ見てるのに」 「あんなもん、わざわざ高い金出して買うもんでもないだろ」 不満の声をあげた彼女に、シローはにべもなく言ったものだ。 どうせこの男に、永遠に咲き続ける花の神秘など理解できまい。 途端に現実に引き戻された気がして、リンファンは微かに口唇をとがらせていた。 「……あ、そう」 その時の様子を思い出し、諦めにも似た感情が彼女を支配する。 ――ああいう人だもの、期待する方が間違っているんだろうか。 「……はぁ」 もう何度目かもわからない溜め息をついたその時、家の扉を叩く音が聞こえた。 傍らで寝そべっていたトラが飛び起き、尻尾を立てて戸口へと走っていく。 「シロー?」 扉を開けると、やはりそこにはシローの姿。 彼の足元へ、すかさずトラが擦り寄る。 「おう、ただいま」 そう答えたシローの顔は乾いた泥と砂に汚れ、無数の擦り傷ができていた。 衣服にも破れや穴が目立ち、あちこち血が滲んでいる。 一体どこへ出かけてきたのか、手にはやけに大きな袋を抱えていた。 「――どうしたの、その怪我……」 「崖をよじ登ってたら、滑り落ちた」 「滑り落ちたって……」 絶句するリンファンに、何事もなかったかのように応じるシロー。 「大丈夫だ、死にやしない」 あまりに軽い口調に、三日間の苛立ちが一気に爆発した。 「馬鹿っ! 人の気も知らないで!」 そう怒鳴ったあと、慌てて救急箱を探す。 「――リンファン」 なおも背中ごしに声をかけられ、怒気も露に振り向く。 「何よ、今度は……――!?」 彼女の眼前に、両手いっぱいの花束が差し出されていた。 あの時の露店で見たものと同じ、いや、それ以上に瑞々しく生命力に溢れた花々。 怒りも忘れ、リンファンはひたすら目を丸くする。 花束の向こうで、シローが俯き加減に頭をかいていた。心なしか、顔が赤い。 「……まだ、誕生日だよな?」 「まさか――これを取りに行ってたの?」 呆然と呟く彼女に、面白く無さそうにシローが頷く。 それは彼が照れている証であることを、リンファンは良く知っていた。 「前に、そいつが咲いてる場所は聞いたことがあったからな。 思ったよりも面倒な所だったもんで、時間かかっちまった」 受け取った花束とシローの顔を交互に眺める。 危険を冒して、彼はわざわざ難所まで花を摘みに出かけたのだ。他ならぬ、リンファンの誕生日を祝うために。 「信じられない……もし死んだら、どうするのよ……馬鹿」 瞳を潤ませながら、柔らかな芳香の花々へと顔を埋める。 「お前な、人が折角――って、おい、泣くな」 シローが歩み寄り、微かに震える肩にそっと触れた瞬間、彼女は振り向いて決然と言い放った。 「もう二度と、こんな無茶しないで」 一歩下がりつつ、拗ねたようにぼやくシロー。 「頼まれたってやるか。苦労して怒られちゃ割に合わないしな」 彼がそう言って横を向いた隙に、リンファンはその胸へと飛び込んでいた。 背中に腕を回して抱きつき、小さく言葉を漏らす。 「――ありがとう」 顔を上げると、照れたように微笑するシローと目が合った。 「今日から、十八歳だな」 「もうすぐ昨日だけど」 「……悪かったよ」 シローはリンファンを抱き寄せると、彼女の耳元で囁いた。 「――誕生日、おめでとう」 |
〔執筆者あとがき〕 |
連作第二弾、同棲時代の二人のエピソードです。 ゲーム中に実際に存在する“精霊の力で枯れることのない花束”からヒントを得て、これを一つの物語として綴ってみました。 今回のシロー、恋人の誕生日を祝うために危険を冒したといえば聞こえはいいのですが、実はまともに買うための持ち合わせが無かっただけなのではと、やや台無しな疑問もちらほら。 それでも、当人たちが幸せであれば口出しするのは野暮というものでしょうね。 余談ですが、私はどうも“幸福な恋人たち”の描写が苦手であるようです。 この作品もさんざん頭を悩ませた末、深夜のナチュラルハイな状態で一気に書き上げるという荒業に出たため、素面で見ると結構恥ずかしい部分があったりします。 シローのプレイヤーである386氏には「ラストシーンのシローが何だかやらしい」とすら言われてしまいました。 ――あえて否定は致しません。でも、とりあえずそっとしておいて下さい……。 |
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