“手探りで進む者たち”
(The Fumblers)

第3話
嘘と真心
AkiRa(E-No.633PL)作
2004/03


1.再会のような出会い 5.騙す者のジレンマ
2.兄の面影 6.嘘つきの罰
3.退けない理由 7.二人の兄へ
4.お人よしは誰でしょう?
〔執筆者あとがき〕


1.再会のような出会い

抜けるような青空の下、五人の冒険者たちが風精都市フロースパーの門をくぐった。
“手探りで進むものたち”――通称「ファンブラーズ」。
一つの冒険を終え、この街へと戻ってきたところである。

「あー、やっと帰った。まったく、あの盗賊どもときたら……」
げんなりとした表情で、ヴィヴィオが言う。
シローも、男らしい眉を顰めてそれに答えた。
「全くだ。きっちり息の根を止めてやるんだったぜ」
「また、シローさんはそんな事言ってぇ〜」
ローラが、困った表情で彼の物騒な発言を咎める。

こんなやり取りは、最近すっかりお馴染みとなっていた。
宥めるように間に入ったスラーヴァも、穏やかな微笑を浮かべている。
「まあまあ。全員無事だったし、依頼も完遂したんだからいいじゃないか。
 とりあえず、ギルドに寄ってからゆっくり休むとしよう」
「面倒だなぁ……あー、だりぃ」
「私も、さすがに疲れちゃった。まあ、あと少しの辛抱だよね」
天を仰いで不平を漏らすヴィヴィオに、キャロラインも同意する。
依頼が終わっても、今度はその経過をギルドに報告せねばならない。
冒険者も、なかなかどうして大変なのである。


「――ご苦労だったな。仕事も無事終わったみたいで何よりだ」
「ええ、おかげさまで」
パーティから報告を受け、ギルドの事務官が労いの言葉をかける。
スラーヴァが微笑で答えると、彼は五人の顔を見回して話を続けた。
「最近ますます物騒になってなあ。街道沿いには盗賊がウヨウヨしているし、
 フロースパーでは詐欺が横行してるって話だ。お前たちも気を付けな」

「詐欺……」
その言葉を聞いて、ローラの表情が翳る。
同時に、ヴィヴィオが露骨に顔を顰めて呟いた。
「けっ、んなもん頭の足りないお人よしがかかるんだよ」
「……」
俯き、黙りこんでしまったローラに、心配そうにキャロラインが声をかける。
「ローラ? どうかしたの?」
「あ……ううん、何でもないですぅ…」
慌ててローラは首を振ったが、いつもの元気が、そこにはなかった。


「あー、もう動きたくねえ」
ギルドを出た直後、ヴィヴィオが大きく伸びをして呟く。
その様子に微笑しつつ、答えるスラーヴァ。
「だね。報告も終わったし宿に帰ろうか」

宿へ向けて歩き出そうとした彼らに、ローラは慌てて声をかけた。
「あ、わたしはちょっと寄り道していきますぅ」
「――俺も、少し出てくらぁ」
ローラに続き、別の方向へと歩いていこうとするシロー。
キャロラインが、何か勘付いたように顔を向けた。
「もしかして、リンファンさんのところ?」
にこにこと笑いながら、彼の恋人の名を口にする。
きっと、今頃はシローが無事に帰るのを待っているだろう。
「……まあな」
振り向き、そっけなく答えるシロー。
元々、恋愛に対しては素直になれない男である。
もしかしたら、少し照れているのかもしれない。
「そうか。じゃあ、先に戻ってるよ。二人とも、気をつけて」
「一仕事終えたばっかりだってのに、元気だなぁ……お前ら……」
対照的なスラーヴァとヴィヴィオの言葉を背に、ローラも軽く手を振りつつ歩き出していた。


「……詐欺、かぁ」
溜息とともに、ローラは小さく呟いた。
仕事を終えた後の達成感はどこかに失せ、足取りはどこまでも重い。
脳裏に浮かぶのは、昔の記憶。思い出すのも、まだ少し辛かった。

「今更言っても、仕方ないですよねぇ……」
大きく息を吐き出し、軽く首を横に振ってみせる。
そう、過去はどうあがいても変えることはできない。

「――きゃあ!?」
考え事をしていたせいか、前方への注意がおろそかになっていたようだ。
ローラは、正面から歩いてきた人に思いきりぶつかってしまっていた。

「ご、ごめんなさいぃ。大丈夫ですかぁ……?」
我に返り、慌てて相手の安否を問う。その姿を見て、ローラは目を見開いて驚いた。

「――ふえ!?」

栗色の髪、エメラルドグリーンの瞳。彼女よりもちょっと小柄で、頼りなげな容貌――

「お……お兄ちゃん?」
「……え?」

――そう。
彼女の目の前にいたのは、兄・リオンに瓜二つの青年だった。

2.兄の面影

「ごめんなさいですぅ、人違いでしたぁ。兄にぃ、そっくりだったのでぇ……」
申し訳なさそうに、必死に頭を下げるローラ。
気恥ずかしく、なかなか彼と目を合わすことができない。

「――いいよ、気にしなくて。ところで、君……冒険者なの?」
ローラの格好を見て、青年が問う。
「そうなんですぅ。まだぁ、駆けだしですけどぉ」

ローラの言葉に、青年は少し考え込むと再び口を開いた。
「ふぅん。……で、兄貴は田舎にいるの?」
「いいえぇ、兄もぉ、冒険者なんですぅ。
 家を飛び出しちゃったのでぇ、今はどこにいるのかもわからないんですけどぉ……」

家としきたりに縛られた貴族の生活を捨て、憧れていた冒険の世界へと飛び出した兄。

その消息はまったくわからない。しかし、必ずどこかで生きているはずだ。
兄のことは色々と心配の種ではあったが、たった一点、それだけは疑った事がない。

「そっか。で、俺がその兄貴にそっくりなわけ?」
「はいですぅ。ええとぉ……そのぉ……」

――頼りなさそうなところが。とは、とても言えない。

「あ、いえ、何でもないですぅ」
「?」
慌ててお茶を濁すローラに、青年が軽く首を傾げる。
その時、背後から品のない声が聞こえてきた。

「――よう、セシル。可愛い嬢ちゃん連れてるじゃねえか。お前のコレか?」
ローラが振り返ると、いかにもゴロツキといった風情の男が数人立っていた。
小指を一本立てて示しつつ、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。

「やめろよ、そんなんじゃない。それより何しに来た」
セシルと呼ばれた青年が、不快そうに男たちを睨む。
「何しに来たとは、ご挨拶だなぁ。俺たちゃ、金を返してもらいに来ただけだ。
 借りた金は返さないとなぁ? 人として、最低限のルールってもんだろ」
「そうそう、ちゃんと借りたもんさえ返せば、“アレ”もお前の手元に戻るんだぜ」
男たちが口々に言うなか、ローラはセシルの顔を見た。彼は苦々しげに、ただ唇を噛んでいる。

「人を騙しておいて、何を……」
うめくようなセシルの呟きに、わざとらしく肩をすくめて男の一人が答える。
「騙したとは人聞きが悪いなぁ。金を借りたのは事実だろ?
 いいんだぜ、金がないなら“アレ”を売り払うまでだ。
 俺たちはそれでも困らないが、お前はそれじゃ都合が悪いんじゃねえのか?」
「くっ……」
絶句するセシルに、勝ち誇ったような笑みの男。

「……ま、いいさ。金ができたら教えな。
 それまで、売り払うのは待ってやるよ。俺たちも鬼じゃねえからなぁ」

笑いながら男たちは去り、後にはローラとセシルだけが残った。
渋い表情のセシルに、恐る恐る声をかけるローラ。

「あのぅ。何かぁ、あったんですかぁ?」

ただならぬ雰囲気に、他人事でないものを感じて問いかける。
セシルは、軽く溜息をつきつつ、こう答えた。

「あいつらに騙し取られたんだ。たった一人の、妹の形見を……」

彼の言葉に衝撃を受けつつ、決意を固めるローラ。
こうと聞いたら、黙っているわけにはいかない。
やるべき事は、たった一つ。

「わたしでよければぁ、お話聞かせてもらえませんかぁ?
 出来る限りぃ、力になれると思いますぅ」

きょとんとした表情のセシルを正面から見つめ、ローラは口調に力を込めて申し出た。

詐欺――それこそ、彼女の最も憎むべきもの。
決して見過ごすわけには、いかないのだ。

3.退けない理由

「はぁ? 何考えてんだお前? ――本気かよ」
冒険者の宿『涼風亭』。
その一階にある酒場で、ヴィヴィオが呆れたように声を上げた。
彼の前には、頭を下げたままのローラ。
卓にはスラーヴァとキャロラインの姿もあったが、シローは出かけたまま、まだ戻ってきてはいなかった。

「本気も本気ですよぅ〜。だから、力を貸してくださいですぅ」
顔を上げ、真剣な表情でヴィヴィオの顔を見たが、彼はぷいと横を向いてしまう。
「俺はやだね、お人よしにも程があらぁ」

「そんな……。ローラの話ももう少し聞いてあげようよ」
見かねてキャロラインが間に入る。
ヴィヴィオはそれに構わず、苛立たしげにローラを睨んで言った。
「話? これ以上何の話があるってんだ?
 詐欺にあった間抜けのセシルとかいう野郎を助けて、
 そいつの妹の形見を取り返すんだろ?
 俺は、そんなボランティアには付き合ってられねーって言ってんだ。
 大体なぁ、どうしてお前がそこまで一生懸命になる必要があんだよ?」
「ヴィヴィオ」
早口でまくしたてるヴィヴィオを、スラーヴァが軽く手で制する。
「何か、理由があるんだろう?」
彼に促され、ローラは重い口を開いた。

「実はぁ……わたしぃ、お家が詐欺にあって潰れちゃったんですぅ……」
「……」
その言葉に、ヴィヴィオを含めた全員が黙りこむ。
ローラは、大陸の北に位置するナベリウス地方の貴族、ウィンフレア家の生まれだった。
しかし、数年前に家は取り潰しにあい、現在は家族で小さなパン屋を営んでいる。
そういった事情は仲間たちも知っていたが、詳しい経緯について語ったことはなかった。

「父はぁ、街を発展させるためにぃ、必死でしたぁ。
 それでぇ……つい、甘い話にぃ、乗っちゃったんですねぇ。
 優しい人でぇ、わたしはぁ、そんな父が大好きだったんですけどぉ……。
 きっとぉ、領主としてはぁ、失格だったんだと思いますぅ。
 騙される方が悪いと言われればぁ、それまでなんですけどぉ。
 それでもぉ、やっぱり嘘や詐欺はぁ、絶対に許せないんですぅ……」

事情を話して行くうち、再び悔しさと悲しさがこみ上げて来た。
気を抜くと涙で目が潤みそうになるのを、必死に耐える。
しかし、鼻声になってしまうのはどうしても止められない。

そんな彼女を見て、スラーヴァが優しく声をかけた。
「わかった、もういいよ。俺でよければ、出来る限り力になるから」
「……おい、スラーヴァ」
驚くヴィヴィオを尻目に、キャロラインも後に続く。
「私も。何も出来ないかもしれないけど、手伝うね」
「キャロラインまでかよ。
 けっ、このお人よしの集団が。付き合ってられねー!」
もう我慢の限界といった様子で、ヴィヴィオが叫んだ。
荒々しく席を立ち、酒場の出口の方へと歩いていく。
「――ヴィヴィオ」
スラーヴァが声をかけるも、振り返ろうともしない。

そんな時、酒場の扉が開いた。
姿を現した青年を見て、ローラが手を振って合図する。

「……あ、セシルさぁん。こっちですぅ」

「けっ!」
ヴィヴィオは擦れ違いざまにセシルを睨みつけると、足早に酒場を出ていってしまった。

わけのわからない様子のセシルと、困った表情の三人が、後に残された。

4.お人よしは誰でしょう?

「アルドぉ? 知らねえなあ。
 それよかよ、今晩俺と付きあわねえか、姉ちゃん」
「――触らないでくれないか。それに、俺は男だ」
鼻の下を伸ばし、肩を抱こうとした男の手を振り払いつつ、スラーヴァが険のある口調で言う。
女性扱いされたことに腹を立てているのだろうか、彼には珍しく、その顔に不快感を露にしていた。

「な、何だよ、そんな怖い顔しなくてもいいだろ。
 こっちだって、男にゃ用はねえよ」
スラーヴァの剣幕に、男は一歩後退さると捨て台詞を残し立ち去った。

「スラーヴァ?」
キャロラインが気遣うように声をかけると、彼はいつもの穏やかな表情に戻って微笑んだ。
「いや、何でもない。それにしても、意外と大変なものだね」
「そうね……今のところ、手がかりはゼロだし」
「ごめんなさいですぅ、わたしの我侭で付き合わせてしまってぇ……」
申し訳なさそうに俯くローラに、スラーヴァが優しく声をかけた。
「いいさ、気にしなくて。俺にも妹がいたからね、気持ちはわかるよ」
「妹……」
彼の言葉に、キャロラインと顔を見合わせる。
そんな話を聞くのは初めての事だ。
元より、スラーヴァが自らについて語ることはほとんどなかった。
あまり話したくはないのだろうし、無理に聞き出そうとする者もいない。
妹が「いた」――つまり、もうこの世にはいないということだろうか?
ローラには、これ以上聞く事ができなかった。

「さて、次はどうしたものか」
スラーヴァの呟きに、慌てて我に返る。

ローラたち三人は、街で聞きこみを行っていた。
セシルから聞いた話はこうだ。

たった一人の妹を失い、失意のうちに故郷を出た彼は、あてもなくこのフロースパーへと辿りついた。
街を彷徨ううち、あのアルドというゴロツキの一味とぶつかり、男の持っていた包みを地面へと落としてしまったのだという。何でも、中身は随分と高価なものだそうで、脅されたセシルはやむなく膨大な借金を抱えることになった。
妹の形見のペンダントは、その担保に取り上げられてしまったらしい。

ローラ達はまず、その包みの中身を調べる事にした。
それが価値の無いものと証明できれば、セシルの借金そのものが幻と化す。
あとは、借用書とペンダントの在り処も探さねばならない。
やらなけばならない事は多いものの、いかんせん調査は難航していた。
裏の世界へ通じていない彼女らのこと、それも無理のないことなのだが。

「お婆さん、留守だったものね……」

スラーヴァの提案で、三人はまず彼の知り合いである老婆を頼った。
何でも、色々と幅広い人脈を持っているらしく、彼女ならばアルド達の情報も掴めるのではないかと思えたからだ。
しかし、生憎と彼女は滞在先を留守にしており、ローラ達は自力で調査を始めざるを得なかったのだ。

「忙しい人だし、仕方ないよ。連絡が取れるまで、俺たちでできることをしよう」


一方。ヴィヴィオは肩をいからせながら街を一人歩いていた。
「あー、気分悪りぃ。折角仕事明けだってのによぉ」
言いようのない蟠りが、胸中を駆け巡っている。
一体なぜ、自分はこうも苛立っているのだろう?
ふと、必死に頭を下げるローラの姿が脳裏に浮かんだ。

「あいつらときたら、上に馬鹿がつくほどのお人よしときやがる。
 まったく、付き合ってらんねーぜ……」

ぼやきつつも、気分はどうにもすっきりしない。
その時、彼の視界に見覚えのある後姿が映った。

「――ん?」

良く見ると、それは先ほど酒場で見たばかりの、セシルとかいう青年だった。
人通りの少ない裏路地で、数人の男たちと何やら話しこんでいる。

一体、こんな場所で何をしているというのだろう。
ヴィヴィオは注意深く路地に近寄ると、彼らに気付かれないように細心の注意を払って様子を窺う。
やがて、彼らの会話が耳へ飛びこんできた。

「――まったくよぉ、お前ぇも悪党だなぁ、セシル?
 あんなガキまで、たらしこんじまうたぁな」
ニヤニヤとした笑いとともに、太った男が言う。
いかにもゴロツキといった風情で、品のかけらもない。
「よせよ、そんなんじゃない」
対するセシルの返答は短く、素っ気無いものだった。
その様子に、男は軽く肩をすくめたが、おどけた様子にそぐわず、目は少しも笑ってはいなかった。
「まぁいいさ。で、金は持っているんだろうなぁ?
 ガキでも何でも、騙して搾り取れりゃあ、俺たちは何も文句は言わねぇからな」

男の言葉に、少しだけ眉を動かすセシル。
「知らないよ。でも、何とかするんだろうさ。あいつの兄貴に似てるんだとよ、この俺が」
「へえ! そりゃあ泣かせる話じゃねえか。兄貴思いの妹で良かったなあ、おい。
 ありもしねぇお前の妹の形見とやらを取り戻すために、
 必死こいて金策しようってんだからな」
芝居がかった様子で天を仰ぐ男。言葉の端々に、嘲りの調子が滲み出している。
セシルも、横を向きつつ言葉を吐き出した。
「ああ、とんでもないお人よしだよ。俺みたいな詐欺師には、絶好のカモさ」

――あいつ……!

ヴィヴィオは、今すぐにでも飛び出したい衝動を抑えていた。
だから、言わんこっちゃない。無闇に人を信用しては馬鹿を見る。

彼は路地を離れると、一瞬足を止めて考えた。
迷うまでもない。やるべきことは決まりきっている。

「――くそっ、この俺様ともあろう者が。
 これじゃあ、どっちがお人よしかわからねえじゃねえかよ……!」

走り出しながら、ヴィヴィオは誰にともなく毒づいた。

5.騙す者のジレンマ

日が傾きかけた頃、肩をがっくり落として歩くローラの姿があった。
彼女に付き添うスラーヴァとキャロラインの表情も渋い。
あの後、手がかりを求めて必死に聞き込みを行ったのだったが、その全ては徒労に終わっていた。

「結局、何も掴めませんでしたねぇ……」
ローラが溜め息とともに呟く。
「そうだな。力になれなくて、すまない」
申し訳なさそうに言ったスラーヴァに、キャロラインが慌てて声をかけた。
「スラーヴァのせいじゃないですよ。役に立てなかったのは、私も同じだもの。
 でも、本当にどうしよう?」
「……」
キャロラインの言葉に、思わず黙りこむ一行。
ややあって、スラーヴァが口を開いた。

「どちらにしても、これ以上の調査は今日は無理そうだ。
 彼には申し訳無いけれど、一度戻ろう」
「……はいですぅ」
ローラは俯いたまま、重い足取りで待ち合わせ場所へと歩を進めていった。


約束の場所。そこは町外れにある一軒の酒場だった。
どことなく寂れた雰囲気で、周囲を歩く人もほとんど無い。
その前にセシルの姿を見かけて、駆け出していくローラ。
真っ先に頭を下げ、調査の難航を詫びる。

「セシルさぁん、ごめんなさいですぅ。
 頑張ったんですけどぉ、まだ何も出来ていないんですぅ……」
「そうか……いや、君が謝ることじゃないよ。
 もともと、俺が悪いんだから」
対するセシルの口調は、どこか抑揚に乏しかった。
ローラは顔を上げ、彼を真っ直ぐに見つめる。
自分――そして、兄と同じエメラルドグリーンの瞳。その色が、僅かに翳っていた。

「妹さんの形見、なんですよねぇ?
 一刻も早くぅ、取り戻したいですよねぇ?」

一言一句、言葉に力が篭る。
セシルがリオンに似ているためだろうか?
それとも、彼を詐欺にかけたアルドが許せないからだろうか?
理由は自分にもわからない。ただ、出来る限りのことをしたかった。

「あ、ああ。それは、まあ……ね」
彼女の迫力に気圧されたのか、目を逸らしながら歯切れ悪くセシルが答える。
ローラは構わず、自らの財布を取り出して彼の前に差し出した。
今回の依頼で得た報酬を加えた、彼女の全財産が入っている。

「ローラ? まさか……」
驚いたようなキャロラインの声にも動じず、ローラは言葉を続けた。
「借金の額には全然足りないと思いますけどぉ。
 もしぃ、これで少しでもセシルさんの助けになれるならぁ……」
「――ローラ」
スラーヴァが彼女を咎めたが、それでも決意は揺らがなかった。
「いいんですぅ。わたしはぁ、また冒険で稼げますからぁ。
 必要な人に使ってもらった方がぁ、きっとぉ……」

そう言葉を返しつつ、半ば呆然とした表情のセシルに財布を渡そうとした時。
背後から、聞き慣れた怒鳴り声が聞こえてきた。

「――やめろ、馬鹿言ってんじゃねえ!」
「ヴィヴィオ、くん……?」

余程急いできたのだろうか。
ヴィヴィオは、肩で呼吸をしつつセシルを睨むと、彼を指差して告げた。

「俺はこの耳でしっかり聞いたんだ。
 そいつが、例の詐欺師と話してやがるのをよぉ。
 皆グルだったんだ! ――お前は騙されたんだよ!」

一瞬にして、頭の芯が冷えた。
真っ白になった意識が、徐々に彼の言葉を反芻していく。

「――何だって」
「そんな……」
ローラは、同じく困惑の色を隠せない二人を見た後、
そのままゆっくり、セシルへと視線を移していった。
彼の表情は、果てしなく苦い。

「セシルさぁん……う、嘘ですよねぇ?
 あなたがぁ、詐欺師の仲間だなんてぇ……」

愛する兄に良く似たこの青年が、憎むべき詐欺師の仲間だなんて。
どうか、間違いだと言って欲しい。
――しかし、彼女の願いは儚くも打ち砕かれた。

「ごめん、ローラ」

「……え」
硬直するローラに、セシルは真剣な表情で彼女に告げる。
「あいつの言ったことは本当だよ。俺は、アルドの一味なんだ。
 君の兄貴に似ているのをいいことに、
 上手い事言って金を騙し取ろうとした――人間のクズさ」

「……」
もはや声も出す事ができない。
足は震え、頭の痺れは徐々に熱に変わろうとしている。
彼がまだ何か言おうとした時、周囲にダミ声が響いた。

6.嘘つきの罰

「――おっと、そこまでだぜぇ。
 セシル、まさか俺たちを裏切ろうってんじゃねえだろうなぁ?」
酒場の中から、アルドが手下を引き連れて姿を現していた。
顔だけはニヤニヤ笑いを浮かべながらも、眼光鋭くセシルを上から見下ろしている。
「……俺は……」
喉の奥から声を絞りつつ、一歩後退するセシル。顔面はすでに蒼白だった。
「まあいい、バレちまったもんは仕方ねぇ。
 金が貰えねぇ以上、奪うしかねえからなあ。
 何、相手はガキと女ばかりだ。大人しくすれば、殺しゃあしねえよ」
ローラ、次いで他の三人を眺めた後、一斉に武器を構える男たち。

「ち、ナメやがって!」
ヴィヴィオが毒づき、仲間たちも戦闘体制を整える。
男の一人が先頭で立ち尽くすローラに手を伸ばしたが、その前に割って入る人影があった。

「あー、何だ。随分と楽しそうなことやってるな。
 ていうか、お前ら宿に帰ったんじゃなかったのか?」
男の腕を剣の鞘で払いつつ、ごく軽い口調でシローが言った。
彼の姿を見て、キャロラインが安堵の声を漏らす。
「シローさん!」

「ち、仲間が来やがったか。まあいい、そいつもやっちまえ!」
思わぬ加勢に驚きつつも、構わず手下をけしかけるアルド。
シローはざっと視線を巡らせると、鞘ごとの剣を構えつつ不敵に笑った。

「よくわからんが、やる気なんだな? ――とりあえず死ねぇ!」
機先を制し、シローが飛びこんでいく。
仲間たちもまた、各々の武器や魔法で彼に続いた。


「――口ほどにもねえな。盗賊どもの方が、まだいくらかマシだった」
地面を見下ろしつつ、不満げにシローが呟く。
彼の前には、アルドを始めとするゴロツキたち全員が転がっていた。
名だたる盗賊たちを相手に、過酷な護衛任務を完遂した彼らのことである。
今更、街のチンピラ風情が相手になる訳が無かった。
「これだけ暴れりゃあ充分だろ。――さて」
ふと、ヴィヴィオの表情が険しくなる。
その視線の先に、呆然とした表情のセシルの姿があった。

「誰だありゃ」
訳のわからないといった様子のシローに、簡潔に説明するヴィヴィオ。
「詐欺師だとよ。ローラを騙そうとしやがったんだとさ」
「何ぃ?」
その言葉に、シローは露骨に眉を顰めた。

「人を騙すとはふてぇ野郎だ。
 このオサフネ様が直々に成敗してやろう、死――って、何をするお前たち」
前に進み出ようとしたシローを、スラーヴァとヴィヴィオが両側から押さえる。

「ここはローラに任せよう。きっと、その方がいい」
「あんな野郎は、とっととシメちまった方がいいと思うけどよ。
 少なくとも、俺やお前の出る幕じゃねーだろ」
二人に代わる代わる説得され、シローも渋々納得した。
「わかったから放せ。人を何だと思ってる」

一方、ローラはセシルと向かい合っていた。
「セシルさぁん……」
「……ローラ」

しばらくローラの顔を見つめていたセシルだったが、やがて、意を決したように語り始めた。

――彼が故郷の村を出たのは、もう五年も前のことになる。
憧れていた冒険者となったものの、その現実は厳しいものだった。
もともと、何かに優れていたというわけでもない。
剣は彼にとって重すぎたし、魔法の理論は彼に複雑すぎた。
冒険を進めるうち、セシルは徐々にパーティの負担となり、無言の非難を込めた仲間たちの視線に、彼はとうとう耐えることができなかった。
パーティを離れ、途方に暮れていた時に出会ったのがアルドだったという。

整った甘い容貌と、そこそこ口が上手かったのが買われたのだろう。
詐欺の片棒を担ぐことは気が引けたが、それでも自分に出来ることをやろうと思った。
何より、誰かに必要とされたかったのだ。例え、利用されているだけだとしても。

セシルはそれらを淡々と語り、ローラは黙ってそれを聞いた。

「結局、心が弱かったんだな……。
 いつも口ばっかりで、何一つ成し遂げられない。
 お前の兄貴に似ていたのが、俺みたいな半端者でごめんな……」
「……」

なおも黙ったままのローラの目前で、跪き両手をつくセシル。
地面に顔が届くほどに、彼は深く深く頭を下げた。

「お前の好意を踏みにじって、俺は金を手に入れようとしてた。
 どんな罰を受けても仕方ないと思ってる。
 いくら謝っても許してもらえないだろうけど――本当に、ごめん」

長い沈黙。
頭を下げたままのセシルに、ローラがようやく口を開いた。

「わたし、嘘や詐欺は絶対に許せないんです」
「……」

普段からは考えられないほど、きっぱりとした厳しい口調――やはり、相当に怒っているのだろう。
セシルが、余計に身を固くしているのが見て取れた。

「まず――そこに座ってください」
「……え?」
後に続いた意外な言葉に驚き、思わず顔を上げるセシル。
ローラは、真っ直ぐに彼を見下ろし言い放った。

「正座! 聞こえなかったんですか?」
「……う……あ、はい……」

彼女の迫力に、慌ててその場に座り直すセシル。
その彼の様子を見て、ローラは満足したように頷くと続いて口を開いた。

「まったくぅ。嘘つきはぁ泥棒の始まりってぇ、習わなかったんですかぁ?」

もう、普段の口調へと戻っている。

「――反省するまでぇ、これから2時間は覚悟してもらいますぅ。
 絶対にぃ、逃がしませんよぉ?」

そして、ローラはセシルに説教を始めた。
幼子に言い聞かせるが如く――丁寧に、時間をかけて。


「――何だありゃ」
ずっと様子を見守っていたシローが、気の抜けた声を上げる。
ヴィヴィオが、微妙に眉根を寄せながら彼に答えた。
「いやあ、あれはあれで恐ろしいと思うぜ?
 見てるだけで足が痺れてきそうだ。
 キャロラインといい、うちの女どもは怖いよなぁ……」
「何か言った? ヴィヴィオくん」
「……いや別に」
キャロラインが睨みつけると、彼は慌てて目をそらした。

「でも……ああしてみると本当の兄妹みたいだ」
スラーヴァが、どこか眩しそうに目を細めて呟く。
それからしばらく、四人はローラ達を見つめていた。

7.二人の兄へ

翌朝。『涼風亭』にて、五人は遅めの朝食をとっていた。
冒険と昨日の疲れが出たのか、寝坊する者が多かったのだ。

「あー、だりぃ。折角の仕事明けだってのに散々だったぜ」
まだ眠い目をこすりつつ、不機嫌そうにぼやくヴィヴィオ。
普段から一番寝起きの良くないキャロラインも同意する。
「そうだね。でも、あの時ヴィヴィオくんが来てくれて助かったよ」
そう言って微笑んだ彼女に、彼は少し照れたように横を向いた。
「――ふん、お前らだけじゃ頼りねーからさ……」

「あのまま逃がして良かったのか?」
シローが、食事をかきこみながらローラに問う。
「そうですねぇ。とりあえず反省していただけたみたいですしぃ、
 大丈夫ではないでしょうかぁ?
 お仲間の人たちはぁ、きちんと捕まえましたしねぇ」

あの後、ローラたちはアルドの一味を自警団へと引き渡したが、その前にセシルはこっそり逃しておいた。
無論、これからも彼の事を報告するつもりはない。

「そう言うと思ったぜ。全く、このお人よしが」
ヴィヴィオがスープの人参を器用に取り除きながら言ったが、ローラはただ笑ってこう答えただけだった。
「いいんですぅ。罪を憎んで人を憎まず、とも言いますしぃ」
それは、彼女の父の持論でもある。
たとえお人よしと呼ばれようとも、そんな父の信念が好きだ。

「ローラがそう考えるなら、俺はいいと思うよ。――ん?」
スラーヴァが、ふと戸口の方に視線を向ける。
見ると、そこにセシルの姿があった。

「てめぇ、どの面下げて――」
「待って、ヴィヴィオくん」
席を立った彼を、キャロラインが止める。
セシルはヴィヴィオに一瞬目を向けたが、ゆっくりとローラ達の卓へと歩み寄った。

「ごめん。会いに来れた義理じゃないのはわかってたけど……
 どうしても、最後に会っておきたくて」
やや俯き加減に、神妙な面持ちでセシルが言う。
彼の言葉に、ローラは軽く首を横に振った。
「いいんですよぉ。でもぉ……最後、ですかあ?」
「うん、いい機会だから故郷に帰ることにしたんだ。
 足を洗って、一からやり直そうと思う」
「そうですかぁ。わたしもぉ、それが良いと思いますぅ」
笑いかけるローラに曖昧な笑みで返すと、セシルはヴィヴィオたち四人向けて詫びた。

「迷惑かけて、すみませんでした」
不貞腐れた表情の者や、穏やかに微笑する者。反応は様々だったが、誰も口を開きはしなかった。
ローラの気持ちを、汲んでくれているのだろう。

「――それだけ言わなきゃと思って。それじゃあ……」

しばらく頭を下げた後、セシルはバツが悪そうに踵を返した。
直後、ローラの方を振り返り立ち止まる。

「あ、そうだ。……ローラ」
「ふえ?」
「実は、妹がいるのは本当なんだ。……といっても、こっちは生きているはずだけど。
 お前に叱られた時、何故かあいつのことを思い出した」
彼はそう言うと、少し照れたように笑った。

「もし、今度会うことがあるとしたら……
 その時は、もう少しだけ誇れる兄貴になれるよう努力する。
 ローラも、早く本物に会えると良いな」
「そうですねぇ。どこにいるのかもぉ、わかりませんしぃ。
 セシルさんに似てるのでぇ、ちょっと心配ですけどぉ。
 たぶん、元気にしていると思いますよぉ」
彼女に言葉に苦笑しつつ、やや間をおいて彼女に問うセシル。
「兄貴のこと、好きかい?」
「勿論ですよぉ。わたしぃ、妹ですからぁ」
「そっか」
笑顔で即答するローラに、彼は何故か安堵したように笑った。

「そろそろ行くよ。それじゃ、元気で」
「はいですぅ。セシルさんもぉ、お気をつけてぇ。
 妹さんにぃ、よろしくお伝えくださいねぇ」
席を立ち、去りゆくセシルを見送るローラ。
彼が酒場を後にし、その姿が見えなくなった時、スラーヴァが静かに呟いた。

「妹だから――か。幸せだね、ローラのお兄さんは」
「そうですかぁ?」
何となく誉められた気がして、にこにこと笑顔で振り向く。
キャロラインは仲間たちを見渡してふと考えこむと、こんなことを言い出した。

「でも、パーティって家族みたいなものですよね。
 そうなると、私たちも兄弟姉妹ってことになるのかな?」
「よせよ。こんな頭の悪い兄貴、俺は欲しくねぇ……」
ヴィヴィオが、シローを指して嘆く。
「るせえ、俺だってお前みたいなヒネた弟は願い下げだ」
男たちがいつものやりとりを始めたのをよそに、女の子たちは和やかに笑い合っていた。
「わたしぃ、末っ子でしたからぁ。弟ができたら嬉しいですぅ♪」
「うん、私も」
その言葉を聞き、ヴィヴィオが慌てたように叫んだ。
「何だよ二人して。俺は絶対に兄弟ごっこには付き合わねーからな!」

そんな仲間たちの様子を、スラーヴァはいつもの優しい微笑で見ていた。
彼の笑顔を見て、ローラの表情も自然とほころぶ。

――お兄ちゃん、今ごろ何してるのかなぁ。セシルさんも、無事に帰れるといいけど。

頼りない、二人の「兄」たち。
彼らの行く末に思いを馳せ、ローラは再び食卓へと戻っていく。
今だ言い争いを続ける仲間たちを見やり、呆れたように溜め息をついてみせる。

「もぉ、いつも喧嘩ばかりしてぇ。
 そんな事ばかりやっているとぉ、正座にお説教ですよぉ」

ヴィヴィオとシローがぴたりと動きを止め、彼女の様子を窺う。
その様子が妙に可笑しく、キャロラインと顔を見合わせて笑い出すローラ。

明るい笑い声が、朝の食堂にいつまでも響いていた。


〔執筆者あとがき〕

第2話に引き続き、メンバーの一人に焦点を絞ったエピソードを書きました。
今回の主役はローラ。プロローグの冒頭から登場し、この物語全体を通しての語り部ともいえる存在です。

こういったキャラクターは登場する場面は多いのですが、いざ中心に据えて話を動かそうとすると、意外に苦労するということが良く起こります。
彼女もその例に漏れず、書き手としては非常に頭を悩ませられました。

結局は、プレイヤーさんが事前に考えてくれた設定の中から、“詐欺で家が取り潰しになった”という点に目をつけ、テーマを決めたのですが……
どうにも、中途半端になってしまった印象があります。

題材としてはもっと深く掘り下げることが可能なので、この話はいずれ「完全版」として改訂を行いたいところです。