“手探りで進む者たち”
(The Fumblers)

プロローグ
冒険者たちの邂逅
AkiRa(E-No.633PL)作
2003/12(初稿)
2004/09(改訂)


1.ひとりきりの冒険者 5.遅れてきた男
2.ヴィヴィオとの出会い 6.パーティ誕生
3.キャロラインの受難 7.受け継がれるもの、そして始まり
4.一触即発
〔執筆者あとがき〕


1.ひとりきりの冒険者

「――そこまで!」
訓練の終了を告げる声が響く。
ローラは、腰をさすりながら立ち上がろうとした。体のあちこちが痛み、短剣を握っていた手は引きつって動かない。
視線を前に向けると、たった今自分を打ち据えたばかりの機械人形と目が合った。
飾りと言わんばかりに適当な造りの頭部。その無機質な顔が、何故か非常に恨めしい。
「……少しばかり、鍛え方が足りないようだな。
 そんなことでは、この先冒険には耐えられんぞ」
初老の職員が、人形の動力を落としながら話しかけてくる。ローラは思わず下を向きつつも、立ち上がって一礼した。
「あ、ありがとうございましたぁ!」
恥ずかしさから、思わず声がうわずってしまう。
そのまま足早に部屋を出ようとした時、談笑しながら部屋に入ってくる数人の男女と擦れ違った。
全員、真新しい装備に身を包んでいる。冒険に旅立つ日も、いよいよ近いのかもしれない。

この大陸に、冒険を生業とする者たちは多い。
秘境・遺跡の探索や人々に害をなす怪物の駆逐、旅人の護衛まで、彼らは様々な依頼を請け負うのだ。
ここは、そういった冒険者たちを支援し統括する組合――冒険者ギルド付属の訓練場。
冒険者志願の若者たちが、夢へ向けてその腕を磨く場所である。
古来より、冒険は数多の英雄と伝説を生み出してきた。命の危険と引き替えにしても、なおもそれに憧れる者は後をたたない。
ローラもまた、その一人だった。冒険者となるべく、西のナベリウス地方からはるばるやって来たのだ――大陸北東に位置するバルバトス地方の首都、“風精都市”フロースパーまで。

商業の中心都市であり、ギルドの本拠地でもあるここに辿り着いたことで、有頂天になっていたのだろうか?
冒険者となるための簡単な手続きを済ませた後、ローラは直轄の訓練場の存在を知り、足を運んでみることにした。
通常、訓練には戦闘用に調整された機械仕掛けの自動人形が用いられるのだが、それらは力の強さや動きの正確さにおいて、いくつかのランク分けがなされている。
まだ武器を扱い慣れない者から比較的腕に覚えのある者まで、各々が自分に合ったレベルの訓練を選べるというわけだ。
――しかし、ローラは。
ごく軽い気持ちで申し込んだ、初心者用の訓練コース。その最低ランクの人形にすら、まったく歯が立たなかったのだ。
冒険者の資格を得た喜びに浮かれていた彼女は、そこで一気に現実へと引き戻された。

「……これ、ちょっと重かったですかねぇ」 
口をとがらせつつ、鞘に収めた短剣を構える。戦闘用に厚く作られた刀身は意外に重量があり、彼女の腕力では真っ直ぐ保持することすら難しい。
武器といえば、家から持ち出したこれが一本きりだ。鎧も無く、厚手の服を身につけているだけ。
――せめて、もっと自分に合った武器があれば。
もともと、ローラは剣などの扱いは得意ではない。むしろ、適性が殆ど無いと言うべきだろう。
代わりに身につけたのが、投擲の技。物を投げて的に当てる、その狙いの正確さには多少の自負があった。訓練で手にしていたのがダーツや投げナイフであったら、あるいは結果も変わっていたのかもしれない。
無論、そういった武器も数多く市場に出ている。ローラも一度は買い求めようとしたのだが、長旅で軽くなった財布に賄える値段などであるはずがなく、あっさり諦めてしまっていた。
それでも何とかなると高を括っていたのだが――今更ながら、見通しの甘さが悔やまれる。
戦闘力ばかりが冒険者の資質ではないとはいえ、自分の身すら守れないのでは、そもそも話にならないではないか。
「はぁ……これからどうしましょうかねぇ……」
肩を落とし、溜息混じりに廊下を歩く。その脳裏に、訓練所で見かけた若者たちの姿が浮かんでいた。
「仲間……ですかぁ」
自分の前で一緒に戦ってくれる仲間がいれば、どんなにか心強いだろう。
「……ないものねだりしてもぉ、仕方ないですよねぇ」
際限なく湧き上がる甘い期待を打ち払うように、ぴし、と自分の頬を軽く叩く。
「――まずはぁ、わたしにできることからやりましょ〜!」
荷物から紙をペンを取り出すと、ローラは街へと歩き出していた。

2.ヴィヴィオとの出会い

「うぅんとぉ……確かここがこうだったからぁ……」
周囲を注意深く見渡しつつ、紙にペンを走らせていくローラ。すでに、彼女の手元にはこのあたり一帯の地図が出来上がりつつある。
自分だけの世界地図を作る――それが彼女の夢であり、冒険者を目指す理由だった。
この旅の道中でも、時間の合間をぬっては地図を描いてまわってきている。
もともと地方貴族の娘で、幼い頃から勉強の機会には事欠かなかった。今は、それを実地で鍛えていけるのが嬉しくてたまらない。

「こんなものですかねぇ? あとは――あの道はまだ行ってないかなぁ?」
ローラの視線の先には、一本の路地。足を踏み入れたそこは、昼間だというのに薄暗く、どこかすえた匂いがする。
「うにぃ、汚いですねぇ……」
散らばっているゴミを踏まないように注意して進んでいくと、曲がり角から突如一人の男が現れ、ローラに勢いよくぶつかって来た。
「――ふえ!?」
バランスを崩して危うく汚物の上に尻餅をつくところだったが、何とかギリギリで踏みとどまる。
「……あ、危ないじゃないですかぁ!」
抗議の声をあげるローラに耳を貸そうともせず、一目散に走り去っていく男。
頬をふくらましながら見送ろうとした瞬間、懐の財布が無くなっていることに気付いた。
「ま、待ちなさいぃ〜!」
慌てて追いかけるものの男の逃げ足はかなり速く、距離は離れる一方だった。
男は己の勝利を確信したのか、ローラの方を振り返って嘲りの表情を浮かべる。
路地の出口はすぐそこだ。大きな通りに逃げられてしまえば、もう追いつけそうにない。
諦めかけた時、男が情けない声をあげて倒れこんだ。どうやら、よそ見をしていたおかげで何かに足を躓かせたらしい。
その隙に距離を詰め、呻く男の手から財布を取り返すローラ。
思わぬ幸運に感謝しつつ安堵の溜息をついていると、倒れた男の方からくぐもった声が聞こえてきた。
「――ってぇ……」
振り向くローラの視界に、男の下敷きとなり足をばたつかせている少年の姿が映る。
助けようと慌てて手を伸ばす彼女の眼前で、少年は何とか自力で脱出を果たしていた。
「……だ、大丈夫ですかぁ?」
声をかけるローラに構わず、服の埃を払いながら立ち上がる少年。
「――どこに目ぇつけてんだてめぇ!」
ドスの利いた怒鳴り声とともに、容赦のない蹴りが立て続けに男の脇腹に打ち込まれる。
哀れな男が弱々しい呻き声を最後に気を失うと、少年は興味を失った様子で踵を返した。
その場にしゃがみこみ、ほどけていたらしい靴紐を直し始める。
あまりの迫力を前にしばらく動けずにいたローラだったが、ふと我に返ると恐る恐る少年に話しかけた。
どんな相手だろうと、助けてもらった以上は礼を言わないわけにいかない。
「あ、あのぉ〜……ありがとうございましたぁ」
その声に、少年が紐を結ぶ手を止めて彼女の方を向く。
短く刈りこまれた赤みのある金髪、意外な白さを感じさせる肌、碧く冴えた瞳。
十五歳のローラと歳はそう変わらないだろうが、背丈は彼女より頭一つぶん低い。自分の身長が高めなことを差し引いても、小柄な部類に入るのは間違い無いだろう。
服の袖からのぞく腕も細く、痩身であることが窺える。その華奢な体に不釣合いなほど、瞳だけはどこまでも鋭い光を放っていた。
「……なんだよ、お前」
訝しげに問う少年に、ローラは手にした財布を軽く振ってみせる。
「この人にお財布をすられて困ってたんですけどぉ、
 あなたのおかげで取り戻せたんですぅ。それで、できればお礼をと思ってぇ……」
「いらねぇよ、別に。……俺が何かしたわけじゃねーしな」
すぐさま言い放ち、再び靴紐と格闘を始める少年。
あまりの無愛想さにローラは一瞬挫けそうになったが、気を取り直して必死に言葉を続けた。
「でも、確かに助けてもらいましたしぃ。
 それじゃあ、わたしの気がすみませんよぉ。何とかお願いしますぅ」
恩を受けて満足なお礼もできないのでは、故郷の両親に合わせる顔がない。
食い下がるローラに少年はしばらく眉を顰めていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……なら、昼めしを奢ってくれよ。丁度腹が減ってるんだ」
仏頂面のまま素っ気無く言う少年に、大きく頷くローラ。
「それくらいなら、喜んでご馳走しますよぉ。
 わたしはローラ・レイ・ウインフレア――ローラって呼んでくださいねぇ」
「……おう」
「ええとぉ……あなたのお名前はぁ?」
「ヴィヴィオ。――ヴィヴィオ・シルマリル」
「ヴィヴィオくん、ですねぇ。……どうかよろしくお願いしますぅ」
そう言って笑いかけると、少年――ヴィヴィオは初めて少し笑った。

3.キャロラインの受難

昼下がりの街角。
立ち並ぶ屋台や店先から様々な料理の匂いが漂い、行き交う者たちの食欲を刺激してくる。
地元民から行商人、旅人や冒険者まであらゆる人間が渾然一体となって人込みを作り、通りは日中で一番の賑わいを見せていた。
そこを、不安げな足取りで歩く少女が一人。
一歩進むごとに足を止め、きょろきょろと周囲を見渡している。そのたびに、長く艶やかな黒髪が左右に揺れた。
歳のころは十六、七といったところだろうか。首を傾げる仕草が、何とも愛らしい。
「どうしよう……完全に迷っちゃったなあ……」
少女――キャロラインは困り果てていた。
もともと方向感覚には自信がない方だったが、まさかここまでとは思わなかった。もはや、自力で宿まで戻れそうにもない。

「……こんな所に立ってると危ないぞ」
背後からの声に驚いて振り返ると、そこに男が一人立っていた。
中背でがっしりとした体つきの若者で、小柄なキャロラインは自然と見上げる格好となる。
「あ……ごめんなさいっ」
早口に謝りながら、慌てて道の端に避ける。その後、声をかけてきた男に恐る恐る視線を向けた。
無造作に後ろで束ねた黒髪、日に焼けた肌。腰には長剣を帯び、金属片を紐で結び合わせた鎧で身を固めている。
どこか異国の雰囲気を漂わせてはいるものの、どう見ても冒険者――それも、戦士としか見えない。
「道に迷ったのか? 何なら案内してやってもいいぞ」
――まさか、これは新手のナンパか何かだろうか。
真っ直ぐ目を向けてくる男を前に、キャロラインは思わず体を強張らせていた。立ち尽したまま、黙って首を横に振ることしかできない。
実は、彼女は男性が大の苦手なのだ。
幼少期に近所の男の子に苛められてからというもの、男と見るやこうやって即座に固まってしまう。
世の全ての男性がそういう乱暴者でないと頭ではわかっていても、体が自然に拒絶してしまうのだ。
父親など、ごく一部の例外を除いてはどんな優男を相手にしてもそうであったから、いまキャロラインの眼前に立っている戦士などはまさしく恐怖の対象であった。
筋肉で引き締まった逞しい腕、精悍な顔、どこか不敵な漆黒の瞳――その一つ一つが、悉く怖い。
「どうした、具合でも悪くなったか」
ずっと首を振り続けているキャロラインに、男も訝しげな表情を向けた。
何か言わなくてはと焦っても、言葉がまったく出てこない。
――ああ……もう放っておいて。
そんな彼女の願いも空しく、男は一向にその場を離れようとはしなかった。
おそらくは心配してくれているのだろうが、生憎キャロラインにとっては迷惑以外の何物でもない。
徐々に、苛立ちが募っていく。
「……医者呼ぶ?」
その言葉をきっかけに、とうとう心の留め金が弾けた。
「私、自分で治せますからっ!」
声高に叫び、男を力の限り突き飛ばす。
「おわぁっ!?」
大きく仰け反る男に構わず、キャロラインは全速力で逃げ出していた。
走りながら、ふと思う。――こんなはずじゃあ、なかったのに。

大好きな一番上の姉に少しでも近付きたくて、同じ看護師を志した自分。
今まで必死に勉強を続け、やっと一通りの医術の基礎を修めることができた。
あとは、実地で技術を磨いていくしかない。そのために、冒険者になろうとここまで来た。
でも――果たしてそれは正しい選択だったのだろうか?

「――きゃあ!」
考え事をしながら俯き加減に走っていたため、注意が著しく散漫になっていたらしい。
気付いた時には、前から歩いて来た人物に思いきりぶつかってしまっていた。
「痛た、ご、ごめんなさい……」
「ああ、痛ぇなぁ。どこ見て歩いてるんだよ」
小さく謝るキャロラインの声に、大きなダミ声が重なる。
顔を上げると、男が四人、こちらを見下ろしていた。
おそらくは彼らも冒険者だろう。革鎧を身に着け、武器を背中や腰に下げている。
全員が荒んだ雰囲気を漂わせており、それがキャロラインの身を再び竦ませた。
どうやら、今日はとことんついていないらしい。
「す、すみません……」
足早に通り過ぎようとした時、その腕を男たちの一人がしっかりと掴んだ。
「おいおい、人にぶつかっておいてそれは無いだろう?」
「ちょっと付き合ってもらおうか」
男たちの顔には、下品な笑みが浮かんでいる。
暴力の気配を感じ取り、キャロラインの背中に冷たいものが走った。 頭の中は真っ白で、何も考えられない。
我に返ると、強引に男の手をふりほどいていた。
「だ、誰かっ……!」
振り返りながら必死に助けを求めても、大半の人間は見て見ぬふりをするばかり。
さもなければ、野次馬となって遠巻きに眺めているかだった。
――こんなに、人がいるのに。
絶望しかけたその時、キャロラインに救いの手が差し伸べられた。
「どうしたんだい?」
人込みの中から進み出てきた人影が、涼やかな声で問う。
「た……助けてください!」
地獄に仏とばかり、その人物に夢中でしがみつくキャロライン。
視線を向けると、驚くほど繊細な美貌がそこにあった。

年齢はキャロラインよりやや年上といったところだろうか? 短い銀髪が日に透けて輝き、紫紺の瞳は優しく彼女に向けられている。
右目の下の泣きぼくろが、中性的で秀麗な面に柔和さと微かな愁いの色を添えていた。
服装からすると男性なのだろうが、何故かまったくもって気にならない。むしろ、頼もしくさえ感じる。
“彼”は最初驚いた様子だったが、彼女と、後ろの男たちを見て状況を察したようだ。キャロラインに笑いかけた後、力強く頷いてみせる。
「……わかった。何とかするよ」
その表情は、まさに天使の微笑とも思えた。

4.一触即発

ほぼ同時刻、ローラとヴィヴィオの二人は店を探して歩いていた。
「じゃあ、あなたもぉ冒険者なんですかぁ?」
「まだ訓練所で、冒険には出てねぇけどな」
ローラの言葉に、店を物色しながら頷くヴィヴィオ。
最初は無愛想に言葉を返すだけだった彼であったが、話すうちに少しずつ打ち解けてきている。
「わたしぃ、さっき訓練所に行って来たんですけどぉ。
 鍛え方が足りなかったみたいでぇ、一番弱い人形に負けちゃったんですよぅ」
「……だろうな。お前一人だと、結構キツいと思うぜ」
いかにも細く頼りないローラの腕を見て、ヴィヴィオが言う。
「そうなんですよねぇ。これじゃあ冒険にも出られませんしぃ。
 ……あなたもぉ、やっぱり一人なんですかぁ?」
「いや、もう一人いる。いまいち危なっかしい奴だけどな」
「お仲間がいるんですねぇ。いいなぁ……」
溜息をつきかけて、ふと足を止める。
前方に、人だかりができていた。
「何でしょうねぇ?」
「さあな」
持ち前の好奇心がうずき、人垣をかきわけて前に進んでいくローラ。ヴィヴィオも、面倒そうな表情で後に続いた。

視界が開けた時、まず映ったのは長い黒髪の小柄な少女。
薄いピンクの生地にグレーの縁取り、それに白いフリルをあしらった可憐なワンピースが良く似合っている。
そして、彼女を庇うようにもう一人。こちらは後ろ向きで顔は見えないが、短めの銀髪が風になびいて美しい。
そんな二人の前に、見るからに柄の悪そうな男たちが数人。
皮鎧を身に着け、武器を腰に下げていることから、おそらくは冒険者くずれなのだろう。
皆、一様に下卑た笑みを浮かべていた。
「ええっとぉ……女の子たちがぁ、悪い人たちにからまれているんでしょうかぁ?」
はらはらと様子を見守るローラの耳に、野卑なダミ声が響く。
「何だてめぇは。そこをどきな、兄ちゃん」
「そうそう、俺たちはそこの嬢ちゃんに用があるだけだからよぉ」
「事情はわからないけれど、彼女は嫌がっているみたいだ。
 君たちに引き渡すわけにはいかないな」
涼やかな声と男たちの態度で、ローラはその人物が男性であることを知った。
細身なため遠目には判断がつかなかったのだが、良く見ると確かに男物の服を着ている。
「何だぁ? 俺たちとやり合おうってのか?」
「喧嘩は好きじゃない。そんなつもりはないよ」
「そりゃあそうだろ。その綺麗な顔に傷がついちまうもんなぁ」
「怪我するのが嫌ならお家に帰りな、お嬢ちゃん」
せせら笑う男たちに、銀髪の青年がぴくりと体を震わせた。
先程とは一転して、氷の如き声がその口から発せられる。
「――俺は男だ」
ローラは青年の後姿を改めて見たが、彼が武器や防具などは身に着けている様子はない。
服の上からでも腰や腕の細さがはっきりと見て取れることといい、とても四人の男に対抗できる力があるとは思えなかった。

「お前、一人で先に行くなよ」
やっと追いついたヴィヴィオが、不満そうにぼやく。
小柄な彼のこと、人垣の中を進むのにさぞ苦労したのであろう。
「あ、ごめんなさいですぅ。
 ちょっとぉ、悪い人にからまれている人がいるらしくてぇ」
「何だ、そんなことかよ。このあたりじゃ、珍しくもねぇ……」
そう言いつつ、ヴィヴィオが前を覗き込んだ瞬間、彼の表情が一変した。
「――スラーヴァ」
「ふえ!? まさかぁ、仲間の人――ですかぁ?」
ローラの問いかけに、軽く舌打ちして首肯するヴィヴィオ。
その時、苛立った男の声があたりへと響く。
「……ふざけるなよ。すかした顔しやがって」
前を見ると、青年――スラーヴァが、男の一人に胸倉を掴まれていた。
「手を離してくれないかな。荒事は得意じゃないんだ」
彼はいつの間にか冷静さを取り戻していたらしく、その声はあくまでも落ちついている。
それが余計に癇に障ったのか、男の顔には徐々に怒気が広がっていった。

「あんの――馬鹿!」
「ヴィヴィオくん……ど、どうしましょう〜!? お仲間さん、助けないとぉ……」
震える手で短剣を握り締めヴィヴィオの顔を見ると、彼は前を向いたまま、眉間に皺を寄せていた。
「お前の腕で、どうしようってんだ? いーから黙って見てろ」
「で、でもぉ……」
確かに、ローラでは足手纏いにしかならないかもしれない。それでも、放っておくわけにはいかないではないか。
なおも食い下がろうとした時、男の怒号が耳を打った。
「――ああ、そうかい。なら……その減らず口を叩けねぇようにしてやるよ!」
胸倉を掴んだまま、男がスラーヴァに殴りかかる。
その太い腕から繰り出される一撃が、彼の細面を易々と砕くかと思われた瞬間。
涼やかな声が、一遍の聖句を紡ぎ出していた。

『守りの盾よ。我らのもとへ来たれ』

見えない壁にぶつかるが如く、拳がスラーヴァの眼前で弾かれる。
目をこらすと、スラーヴァと少女の周囲が淡い光に包まれていた。
「てめえ、神官だったのか」
痛めた拳を押さえ、憎々しげに呟く男。
この大陸において、神官とは聖書の教えのもとに神学を修めた者のことを指す。
その中には、傷を癒したり、今のように攻撃から身を守ったりするための魔法の技術も含まれており、『神聖魔法』として他の魔法とは区別されている。
神のもたらす奇跡ではなく、どちらかといえば学問の一環ではあったが、それでもこういった有事の際には充分に役立つ。
実際、冒険者には神官が数多く含まれるし、治癒の魔法を覚えるために資格を得ようとする者も少なくはない。
「この野郎!」
後ろにいた他の男たちが色めき立って加勢しようとする。非戦闘員と思っていた華奢な青年が魔法を使うと知り、評価を改めたのだろう。

その時、沈黙を破ってヴィヴィオが動いた。
「――これでもくらえ!」
声と同時に、彼の掌に光が集束して弾ける。
それは輝ける弾丸と化して男たちへ襲いかかり、一人の顔面をしたたかに打った。
くぐもった苦鳴を漏らし、仰け反りながら顔を押さえ悶える男。
仲間の惨状を見て、他の男たちも動きを止める。その表情は、驚愕と戦慄に彩られていた。
「ふぇ……ヴィヴィオくんってぇ、魔術師だったんですねぇ……」
ローラも、思わず感嘆の呟きを漏らす。
学院などで修得できるとはいえ、魔法が強力な技術であることに変わりはない。
貴族として英才教育を受けてきた彼女も、残念ながら魔法を身に着ける機会は得られなかった。
そのため、魔術師はローラにとって憧れの職業なのである。
羨望の眼差しでヴィヴィオを見つめていると、スラーヴァが魔法が放たれた方向を追うようにこちらを振り返った。
女性と見紛うばかりの秀麗な面が、仲間の姿を認めて微笑む。
ヴィヴィオはそんな彼に目もくれず、ただ男たちを睨みつけていた。
「ふざけやがって……!」
魔法を撃ち込まれた男が、顔を押さえながらくぐもった声を搾り出す。
「殺してやる……」
殺気のこもった視線でスラーヴァを射抜くと、男は剣を鞘走らせた。
どうやら、先程の一撃もスラーヴァが放ったものと勘違いしたらしい。
男の立っている位置からは小柄なヴィヴィオの姿が見えず、そのため誤解を生んだのだろう。
息を呑むローラの目の前で、他の三人も次々に剣を抜いて構える。
彼らは本気でスラーヴァを殺す気だ。短剣を握る手がさらに震え、奥歯がカタカタと音を立てる。
怖がってはいられない。でも、果たして自分に何ができるというのだろう――?
「……ち」
ヴィヴィオが、大きく舌打ちした。

5.遅れてきた男

ヴィヴィオが再び呪文の詠唱を始めようとしたその時、人垣の中から男が一人、前へと進み出てきた。
年齢は二十代半ばといったあたりだろう。黒髪を頭の上で無造作に束ね、精悍な面に不敵な表情を浮かべている。
方形の金属片を繋ぎ合わせた変わった意匠の鎧を身に着け、腰には一振りの長剣。
中背ながらも、引き締まった筋肉質な体つき――それが、男が戦士である何よりの証明だ。
「……何だぁお前は? こいつの仲間か?」
訝しがる男たちに答えることなく、現れた男は口を開いた。
「武器を持たない奴に、よってたかって剣を抜くのか? 恥ずかしい奴らだな」
「てめぇには関係ねぇだろう? 怪我しねぇうちに引っ込みな」
抜き身の剣をちらつかせ、男たちの一人が迫る。
対する男は一言も発しなかった。代わりに、自らの剣を鞘ごと相手の顔面に叩きつける。
鼻を押さえて呻く相手を顧みることなく、彼は残る者たちを睥睨した。
「多勢に無勢とは生意気だ。このシロー・オサフネが相手になってやる――死ねぇ!」

シローと名乗った男は剣を抜き、男たちへ向けて突貫した。
敵陣へと斬り込み、一瞬のうちに一人の剣を叩き落すと、続いて向かってきた相手の斬撃を弾き返し、体勢が崩れた隙にすかさず足を払う。
堪らず倒れた男の右腕を容赦なく踏みつけ、視線は既に次の相手へと向かっていた。
この人数を相手にしても、全くひけを取ることなく的確に戦力を削いでいく――物騒な言葉とは裏腹に、命まで取るつもりは無いようだが。
男たちの注意がシローにそれた隙に、スラーヴァが少女を安全な場所まで後退させる。 目でヴィヴィオに合図をすると、彼は神聖魔法でシローの援護を始めた。
ヴィヴィオもまた、シローの背後から襲いかかろうとした男のこめかみに向けて光弾を放ち、その戦意を挫く。

これで、残る敵はただ一人。
形勢が完全に逆転したかと思われた、その時だった。
金属音とともに刃が宙を舞い、乾いた音をたてて地面へと落ちる。
見ると、シローの剣が根元から折れてしまっていた。
「あぁ!?」
戦いを見守っていたローラが思わず声を上げる。
「ちぃっ!」
舌打ちし、奥歯を噛み締めるシロー。
「へっ、てこずらせやがって――死にな!」
勝利を確信し、剣を振り上げる男。
スラーヴァとヴィヴィオが動くが――間に合うか?
「だ、だめですぅ〜っ……!」

「――お前こそ死ねぇ!」
思わず目を瞑ろうとしたローラの耳を、シローの叫びが震わせる。
「……ふえ?」
次の瞬間、ローラは信じられない光景を目にした。
シローが折れた剣を捨て、素手で男の顔面を殴りつけたのだ。
油断して大きく武器を振り上げていた男は、それをまともに食らってしまった。ゆっくりとくずおれ、やがて動かなくなる。
「――よし」
敵が気絶したことを確かめ、息を吐くシロー。ローラも、ほっと胸をなでおろした。
「『よし』じゃねーよ……何て野郎だ……」
呆れたように呟くヴィヴィオをよそに、スラーヴァがシローに声をかける。
「ありがとう、助かったよ」
「気にするな、丁度虫の居所が悪かったところだ」
微笑するスラーヴァの横に、いつの間にかヴィヴィオが立っていた。
不機嫌そのものの表情で、眉間に皺を寄せている。
「……おい、スラーヴァ」
「ああ、ヴィヴィオ――君にも助けられた。ありがとう」
礼を言われてもなお、ヴィヴィオの表情は険しいままだ。
スラーヴァを睨みつけると、彼は苛立ち気味に口を開いた。
「お前は馬鹿かっ! 武器くらい持ち歩けっていつも言ってんだろ!」
「すまない、手間をかけさせてしまったね」
「そんなことを言ってるんじゃねー!
 この街はあんな冒険者くずれのゴロツキがウヨウヨしてるんだ、
 お前みたいなのは絶好のカモなんだよっ!」
一気にまくしたてるヴィヴィオに、穏やかな笑みを崩さぬままスラーヴァが応じる。
「俺が武器を持ったところでたかが知れてる。
 どうせ使えないものなら、わざわざ持ち歩く必要はないじゃないか」
「そういう問題じゃねーって、何度言ったら……」
「あ、あの……」
ヴィヴィオの言葉は、背後からかけられた可愛らしい声に中断された。
見ると、スラーヴァの後ろにいたあの少女が遠慮がちに俯いている。
「私、キャロラインっていいます。助けてくれて、ありがとうございました」
キャロラインと名乗った娘は、そう言うとぺこりと丁寧にお辞儀をした。
「お礼なら、この二人に言った方がいい。俺は、何もしていないからね」
スラーヴァが、微笑みながらシローとヴィヴィオを指し示す。
ヴィヴィオは露骨に顔を顰めたかと思うと、ぷいと目を逸らしてしまった。
「ちっ……いーんだよ、礼なんて」
どことなく照れたような表情が、どこか可笑しい。同様に、シローも肩をすくめて呟く。
「まあ、そういうこったな」
キャロラインは恐る恐る進み出ると、もう一度シローに深々と頭を下げた。
下の方から、消え入るような声が漏れる。
「さっきは……ごめんなさい……」
それを聞き、シローは微かに眉を動かした。
顔を上げたキャロラインを見て、やがて納得したように一人頷く。
「……あー、お前か。ここでも男を突き飛ばしたのか?」
「ち、違いますよ。そ、その……本当にすみませんでした……」
何故か拗ねたような態度のシローに、キャロラインは何度も頭を下げながら小さく詫びる。
「知り合いかい?」
「あー……」
訝ってスラーヴァが問うが、シローは頭をかきながら歯切れ悪く言葉を濁すばかりだった。

「――おい、そこで何をしている!」
人垣の向こうから、重々しい声が響く。
おそらく、この街の自警団が通報を受けて来たのだろう。
治安の良くない都市では、元冒険者など、多少腕に覚えのある者たちで構成された組織が警備を兼ねることが多い。
「ち、面倒だな。……話はあとだ、行こうぜ」
「ああ、説教はごめんだ」
うんざりした表情のヴィヴィオが真っ先に歩き出し、シローもそれに同意する。
スラーヴァはキャロラインを手招きすると、自らも後に続いた。
「……お前も早く来いよ。めし、奢ってくれるんだろ」
ヴィヴィオに声をかけられ、我に返るローラ。
自警団員が人垣を掻き分けるのを横目で見ながら、彼女は慌てて彼らを追いかけ始めた。

6.パーティ誕生

フロースパー市街の酒場『涼風亭』。
こじんまりとした店内は晩秋の日差しに柔らかく照らされ、壁に広がるガラス張りの窓からは、小さいながらも手入れの行き届いた庭が見える。
冒険者や旅人たちで賑わう中、片隅のテーブルで、遅い昼食を取りながら自己紹介を行う若者たちの姿があった。

「俺はスタニスラーフ・クナーゼ。
 スラーヴァと呼んでもらえると嬉しい――どうかよろしく」
「スラーヴァ。こちらこそぉ、よろしくお願いしますねぇ」
最後にスラーヴァが自己紹介を終え、全員がお互いの顔をもう一度見る。
魔術師のヴィヴィオ、神官のスラーヴァ。シローは見ての通りの戦士であったし、キャロラインは治療師の修行を積んだという。
ローラを加えて、ちょうど五人。
年齢も性別も様々な集団。数少ない共通点は冒険者であること――そして、決まったパーティを持たないことだった。
それを聞き、キャロラインが軽く驚きの声を漏らす。
「……すごい偶然、ですね」
「でもぉ、スラーヴァとヴィヴィオくんはぁ、前からパーティを組んでいたんですよねぇ?
 ずっとぉ、お二人だけだったんですかぁ?」
ローラが首を傾げると、スラーヴァの瞳が微かに翳った。
黙々とスープを口に運んでいたヴィヴィオも、その手を一瞬だけ止める。
「……うん、本当はもっと仲間がいたんだけどね。解散したんだ」
「どうしてですかぁ?」
「一人、病気で逝ってしまってね。それがきっかけで別れた」
彼の返答はさりげなかったが、言葉の裏に秘めた悲愁は隠しきれていない。
その痛ましさに、ローラは気軽に問うたことを悔いる。
「ごめんなさいですぅ……」
「いや、いいんだ」
スラーヴァは優しくローラに微笑むと、今度は全員に向けて口を開いた。
「――どうだろう、ここに五人が集まったのも何かの縁だと思う。
 君たちさえ良かったら、パーティを組んでみないか」
その言葉に、ヴィヴィオが顔を上げてスラーヴァを見る。
やがて彼は、再び食事に取りかかりながら、ぶっきらぼうに言った。
「――おう、いいんじゃねぇか」
それを聞き、シローも後に続く。
「一人旅にもそろそろ飽きた。俺は構わんぜ」
キャロラインは少し考えた後、
「……私で良ければ、お世話になります」
と、お辞儀をしてみせた。
「ローラ、君はどうだい?」
そんな彼らをにこにこと眺めていたローラだったが、いきなり話を振られてすっかり慌ててしまった。皆の視線が自分に集まっているのを感じつつ、心の中で大きく深呼吸をする。
――もう、言うべきことは決まっていた。
「とてもぉ、嬉しいですぅ。改めて、よろしくお願いしますねぇ」

かくて、ここに一つのパーティが誕生した。
彼らの名前は――まだ、無い。


食事を終えると、五人は早速これからの予定について話し合うことにした。
協議の結果、本格的な冒険に出る前にローラとキャロラインを訓練所で鍛えた方が良いだろう、という意見が出たため、パーティ全体の連帯感を高める意味でも、しばらく訓練所通いをすることになった。
ローラとしても、実戦で皆の足を引っ張る事態は避けたいので、これは歓迎すべき提案である。
「そういや、剣を買わなきゃならんな」
先ほどの立ち回りで剣を折られたシローが、ぽつりと呟く。
「ああ、その事なんだけれど。シロー、ちょっと来てもらえないか」
そう言うと、スラーヴァは二階の方を指差した。
この時代、旅人向けの酒場は宿を兼ねている場合がほとんどだ。大抵は一階が酒場、二階が宿という造りになっているが、それは『涼風亭』も例外ではなく、 スラーヴァとヴィヴィオは、ここに宿を取っている。

スラーヴァがシローを伴って二階に上がっていくと、キャロラインはしばらく躊躇った後、遠慮がちにヴィヴィオに話しかけた。
「あの、ヴィヴィオ――さん?」
「――おう」
面倒そうに応じつつ、食後の茶に添えられた菓子をつまむヴィヴィオ。
「変なこと、聞きますけど。スラーヴァって……男の人、ですよね?」
その言葉に、彼は口元に運ぼうとしたクッキーを取り落とし、そのまま呆気に取られたように目を丸くした。
いつもの険しさが消え、歳相応の幼い表情が顔いっぱいに浮かんでいる。
「……」
一瞬、全員の動きが止まった。
ややあって、困ったようにキャロラインがあたふたと付け加える。
「あの、そうじゃなくて。何だか、あまり男の人みたいな感じがしないなって思ったから……」
「そういえばぁ、そうですねぇ……」
首を傾げつつ、キャロラインに賛同の意を示すローラ。
確かに男性の名前を名乗っているとはいえ、スラーヴァはあまりに線が細すぎる。体格も小柄で、ローラより少し丈が低い――もっとも、そのローラは女の子にしてはかなり長身の部類に入るのだが。
何かと物騒な世の中だ。女性が一人旅にあたり男装をするのは珍しくない。キャロラインも、その可能性を考えたのだろう。
――付き合いの長いヴィヴィオならば、本当のことを知っているかもしれない。
難しい顔でしばらく考え込んでいたヴィヴィオだったが、やがて興味深げな二人の視線に気付き、徐々に眉間に皺を寄せていく。
とうとう耐えきれなくなったのか、舌打ちして横を向いてしまった。
「んな事知るか! てゆーか、そんな事を俺様に訊くんじゃねー!」

7.受け継がれるもの、そして始まり

「……で、何だ? 話っていうのは」
宿の一室にて、シローはスラーヴァと向かい合っていた。
そこは二人部屋のようだったが、片方のベッドは使われた形跡がない。どうやら、スラーヴァはここを一人で使っているようだ。
「君に、渡したいものがあるんだ……」
スラーヴァは部屋の隅に立てかけてあった一振りの剣を手に取ると、それをシローへと差し出した。
鞘に収められた、長く、ゆるやかに曲がった刀身。特徴的なのは柄の部分で、小指側に向けて湾曲し、先端はほぼ直角に突き出ていた。
その形状から、一般に“シャムシール(獅子の尻尾)”と呼ばれるものだ。斬れ味に優れ、美しい外観をしていることから、冒険者の間でも人気が高い。
「お前のものか?」
さも重そうにそれを支えているスラーヴァに、シローが問う。ゆっくりと、彼は首を横に振った。
「さっき言った、死んだ仲間の使っていた剣なんだ。
 形見わけに預かっていたのだけれど……残念ながら、俺には使いこなせないからね」
スラーヴァの視線は、空のベッドへと向けられている。紫紺の双眸が、僅かに揺らいでいた。
シローは黙って剣を受け取ると、軽くそれを抜いた。刀身を確かめ、再び鞘へと戻す。
決して悪い剣ではない。手入れも、きちんと行き届いているようだ。
「……いいのか?」
「ああ、いいんだ。誰かに使ってもらって、一緒に冒険に出られれば仲間も喜ぶと思う。
 それに、どこか君は似ているからね――彼に」
少しだけ考えた後、シローは受け取った剣を腰に帯びた。
使えるものは使う主義だ。特に断る理由もない。
「そういうことなら、遠慮なく使わせてもらうぜ」
シローの言葉を聞き、スラーヴァは少し笑った。
「――ありがとう」
二人が階下に戻った時、シローの腰に下げられた剣を見て、ヴィヴィオの眉が動いた。
「スラーヴァ」
「ああ」
頷き返し、言葉を続けるスラーヴァ。
「これが一番いいと、俺は思う」
その目は、真っ直ぐにヴィヴィオへと向けられていた。
見つめ合ったまま、しばらく無言の会話を続ける二人。
「……そうか」
やがて、ヴィヴィオが一言、静かに呟く。
「すまない――ありがとう」
そう言って微笑むスラーヴァの瞳は、どこか悲しげだった。
気にならないと言えば嘘になるが、何となく踏み込んではいけないことのような気がする。
キャロラインと顔を見合わせて黙りこんでいると、シローが立ち上がって口を開いた。
「――さて、話もまとまったな。そろそろ、荷物でも持ってくるか」
シローの方を見て首を傾げると、彼は肩をすくめて悪戯っぽく微笑う。
「パーティなら、宿はみんな同じ方が都合がいいだろ? それに、こっちの方が安い」
確かに、聞いたところによると『涼風亭』の宿代はかなり安価な方だ。環境も悪くないようだし、ここを拠点とすることにまったく異存はなかった。
「あぁ、そうですよねぇ。キャロラインちゃん、わたしたちも行きましょうかぁ」
言いながら、思わず表情がほころぶ。
わたしたちはパーティなんだ。今、この瞬間から。
これからずっと、多くの冒険と苦楽を共有する仲間――もう一つの、家族ともいえる存在。
そう思うと、心から嬉しかった。
「明日の訓練、がんばりましょうねぇ。わたしぃ、今日も行ったんですけどぉ。
 一番弱いお人形に負けちゃってぇ……」
「きっと大丈夫だよ。それに、怪我しても私が診てあげるから――ね?」
笑顔で答えるキャロラインも、きっと気持ちは一緒だろう。
「ありがとですぅ♪」


――翌日。夜も更けた頃、宿の一室でローラは日記を書いていた。
昨日出会った仲間のこと、大勝利で終わった今日の訓練。書くことはいくらでもあった。
描きあげた地図と日記とを見比べ、自然と笑みがこぼれる。
日記帳を閉じて振り返ると、ベッドで可愛らしい寝息を立てるキャロラインの姿があった。
欠伸とともに、隣のベッドへともぐり込む。眠りへと落ちる寸前、ローラはまだ見ぬ冒険の地へ思いを馳せていた。 

――もう、ローラは独りきりではない。
彼女の夢が、今、静かに動き出そうとしていた――


〔執筆者あとがき〕

冒険者パーティ“手探りで進む者たち”、通称『ファンブラーズ』。
これは、彼ら五人の出会いの物語です。

主人公となるキャラクターたちには、それぞれを演じるプレイヤーが存在します。
(勿論、そのうちの一人は私なのですが)
いわば彼(彼女)らの分身ともいえるキャラクターを預かるわけですから、これは責任重大な仕事でした。
各々の個性を尊重しつつ、物語として成立させなければいけないわけです。
そのため、プロット(あらすじ)を考える段階から非常に苦労したのを覚えています。

エピソードそのものは、プレイヤー達の考えたキャラクターの設定やアイディアを元にしたオリジナルですが、冒頭の訓練所や、スラーヴァがシローに託した剣のことなど、実際にゲームの中で体験したことも含んでいます。

完結まで長い物語ではありますが、どうか最後まで読んでいただけると嬉しく思います。
よろしければ、どうかご感想などお聞かせ下さい。