ファンタジーな100のお題 91 焚火 |
AkiRa(E-No.633PL)作 |
2004/03 |
焚火 |
〔執筆者あとがき〕 |
焚火 |
草木も眠る静寂の中、薪のはぜる音だけが闇へと吸いこまれていく。 炎が、焚火の傍らのシローとヴィヴィオの顔を照らしていた。 他の仲間たちは皆、静かな寝息をたてて眠りへとついている。 夜明けまで、二人で火の番をすることになっていた。 このあたりは比較的安全とはいえ、やはり野営には危険が伴う。 深夜に叩き起されたため眠気は残るが、気を抜くわけにはいかない。 シローもヴィヴィオも、先程から全く言葉を発していなかった。 もともと、自分から話すことの少ない二人である。 不思議なことではなかったが、同時に沈黙は苦痛でもあった。 あまりに変化に乏しいと、人は退屈する。 「……暇だなぁ、おい」 「まあ、そんなもんだ」 素っ気無いやりとりの後、再び訪れる沈黙。 それに耐えかね、ヴィヴィオが会話を切り出した。 「……何か喋れよ」 「何をだ」 「何かって言ったら何かだろ。ああ、もう……」 心底落ちつかないといったヴィヴィオに、やや呆れ顔でシローが言う。 「火の番ぐらいできねえようじゃ、この先思いやられるぞ」 「うるせー、偉そーに……」 反撃に転じようとした時、背後から気の抜けた声が聞こえてきた。 「――ん〜、ケンカしちゃ駄目ですよぅ……」 振り返ると、ローラが毛布にくるまって眠っていた。 「何だ、寝言か……」 「寝てる時まで心配か。まったく苦労かけるぜ」 天を仰ぎ、ぽつりと呟くシロー。 この傍若無人な男でも、たまには罪悪感に駆られることがあるのだろうか。 「そういえば、スラーヴァの寝顔って、あまり見ねえな」 仲間の様子を見ていたヴィヴィオが、ふと言葉を漏らす。 視線の先には、静かに眠っているスラーヴァの姿があった。 「遅くまで起きてるわりに、朝にはもう部屋にいねえからな。 男のくせに、俺たちの前じゃ着替えようともしねえし」 シローの言葉に引っかかるものを感じ、思わず聞き返すヴィヴィオ。 かねてよりの疑問が、心の中で首をもたげてくる。 「――男なのか?」 「男だろ、アレは」 事も無げなシローの返事。ヴィヴィオは肩透かしをくらった気分になった。 「……何で言い切れるんだよ」 「決まってるだろ。そんなもん身体の線でわかれ」 シローの表情は確信に満ちていた。 一体、この自信はどこから湧いてくるのだろう? 「……そういう、もんか?」 ついつい、気の抜けた返事になってしまう。 「そういうもんだ」 一方、シローに迷いは全く無かった。 「――ま、お前も大人になりゃわかるこった」 意地の悪い笑みを浮べて、シローが言う。 「てめえは大人だってゆーのかよ……」 拗ねたようなヴィヴィオの言葉には答えず、彼はニッと口の端を吊り上げた。 「……そうだな、とりあえず身近なとこからどうだ? 色恋沙汰ってのはな、案外近くに転がってるもんだ」 そう言って、後ろを振り返るシロー。 彼が顎で示した先には、幸せそうに眠るローラ。その意図を察し、ヴィヴィオは困惑がちに首を傾げた。 「は? 何でローラなんだよ」 「歳も近いし、仲いいだろお前たち」 「……ば、馬鹿言ってるんじゃねえよ!」 思わず声を荒げたヴィヴィオを、からかうような調子で制するシロー。 「騒ぐな、皆が起きる」 「……!!」 一切の反論を封じられ、ヴィヴィオは不貞腐れて横を向いてしまった。 「とにかく、だ――興味ねえよ、そんなもん」 その言葉とは裏腹に、視線はちらちらとローラの方へ向いてしまう。 顔が赤く火照っている気がするのは、おそらくは焚火の炎のせいだけではあるまい。 「まあそう言うな。女も意外と悪かない――面倒、だけどな」 シローの言葉から、先程までの軽い調子が消えている。 調子を崩されたのか、ヴィヴィオの舌鋒も今夜はどうも冴えない。 「……だから逃げたんだろ」 一度は別れてしまったという、シローの恋人の顔を思い浮かべながら言う。 今のヴィヴィオに許された、精一杯の反撃。 こう言えばシローは怒るかとも思ったが、意外にも彼は小さく頷いただけだった。 「まあな」 「何言ってるのか、全然わかんねえよ……」 不可解な反応に、いよいよ頭を抱えてしまう。 そんなヴィヴィオに、シローがいつもの調子で笑いかけた。 「――ま、そのうちオサフネ兄さんが教えてやろう」 「やなこった。お前に教わると、女に殴られそーだ」 目を逸らしつつ、何とか皮肉で返してみる。 「うるせえ」 薪を炎へ放りこみ、シローも短く答えた。 多分、目は笑っているのだと思う。今のヴィヴィオには、それが限りなく悔しかった。 横を向いた途端にローラの姿が視界に入り、慌てて別の方を見る。 シローの言葉が、ヴィヴィオの意識を駆け巡っていた。 高まる動機を鎮めようと、無意識に息を呑みこみ続ける。 ――ちくしょー、俺様ともあろう者が一体どうしちまったってんだ。 ヴィヴィオは早く朝が来ることを願ったが、まだ夜明けは遠そうだ。 溜息をついた彼の耳に、薪のはぜる音だけが鮮明に響いていた。 |
〔執筆者あとがき〕 |
お題の中では、一番最初に書き上げた作品です。 隊商護衛中の一コマ、男性陣の何気ない会話を描いてみました。 異性に関して、それなりに場数を踏んできたシローと、まだまだこれからのヴィヴィオ。 そんな二人の対比を、さりげなく表現できていればと思います。 |