ファンタジーな100のお題
80 自由市場
AkiRa(E-No.633PL)作
2004/04


自由市場
〔執筆者あとがき〕


自由市場

冒険者ギルドの裏に位置する通り。俗に、そこは“自由市場”と呼ばれている。
旅人たちや地元の商人たちが行き交い、昼夜を問わず活気に満ちた場所であり、
道のあちこちには様々な交易品、冒険で得た珍しい品物が所狭しと並べられている。
中には、不要になった装備を無料で譲る冒険者や、自らが作成した武器や防具を売り歩く職人の姿もあった。

雑踏の中、連れ立って歩く冒険者が二人。
黒髪黒瞳の戦士と銀髪の美青年――シローとスラーヴァだ。
「何度か通りがかった事はあるけれど、ゆっくり見て回るのは初めてだな。
 けっこう面白いものだね」
いくつもの露店に視線を巡らしつつ、スラーヴァが楽しげに言う。
「そうか? そう珍しいもんでもないだろ」
対するシローの返事はやや素っ気無い。
あまり興味も湧かないのか、わき目もふらず前へと歩を進めている。
もっとも、この混雑ではどうあってもゆっくりとしか前に行けないのだが。

「シローはここが地元だし――それに、小さい頃からあちこち旅してたんだろう?
 俺はアムドゥシアスから出た事が無かったから、こういうのって新鮮でね」
スラーヴァは無愛想な連れを降り返り、穏やかな微笑を向けた。
「……まあ、そうだな」

シローはフロースパーの生まれだが、両親が商人であったため幼い頃より行商で各地を点々としていたらしい。
商売を嫌い、家を出て冒険者となった彼であったが、今もその豊富な旅の経験と知識はパーティの助けになっている。

「――ん?」
ふと、シローが足を止めた。その視線の先には、一軒の露店。
彼の後を追い、スラーヴァも麻の布に陳列された品物を覗きこんだ。
色とりどりの陶磁器が、互いに自己主張しつつひしめき合っている。

陽気に声をかけてくる客引きの男をよそに、シローは品物の一つを手に取った。
淡い色づかいが美しい、小さな花器。それをざっと眺め、男に向けて問う。
「こいつはいくらになる?」
「買うのかい?」
「――あいつが、こういうの好きだからな」
降り返らず、背後のスラーヴァにシローが答えた。“あいつ”とは、おそらく彼の恋人を指すのだろう。
そのまま、シローは店の男と値段の交渉を始めていた。

「……おぬしの連れはなかなかに目が利くようじゃの」
スラーヴァの耳に、やや低めの女性の声が響く。
驚いて見ると、銀髪に金の瞳の美女が微笑を浮かべて立っていた。
すらりとした肢体を、漆黒の革鎧で覆っている。
白い肩を露出したデザインは上質のドレスのようでもあったが、要所の拵えや材質は紛れもなく防具のそれだ。
腰に下げた長剣といい、おそらくは彼女も冒険者なのだろう……それも、かなり熟練の域に達している。
立ち居振舞いや物腰から、スラーヴァはそういった雰囲気を感じ取っていた。

「他の品物に紛れてはおるが、あれはなかなかの逸品じゃ。
 あの男、特にそちらに明るいとも思えぬのじゃが?」
その姿と声に似合わぬ口調で、女が言う。
我に返り、やや慌てて言葉を返すスラーヴァ。
「……ああ、彼は商人の息子らしいですから」
「ふむ……それにしては、交渉に必要な忍耐は欠けているようじゃの」

難航しつつある価格交渉の様子を見やり、可笑しそうに笑う女。
スラーヴァも、肩を軽くすくめて表情をほころばせた。

「商人を継ぐ気はなかったようですからね。
 それで、今は冒険者をしているくらいですし」
彼がそう答えると、女は再びこちらへと顔を向けてきた。
怜悧な金の双眸が自分を見つめている――どこか爬虫類をも思わせる、遠く深い輝き。
自らの奥底まで見透かされる錯覚さえ感じるが、なぜかそれを不快とも思わない。
「……おぬしら、名は何と言う?」
微笑を崩さぬまま、女が問う。
「彼はシロー・オサフネ、俺はスタニスラーフ・クナーゼです。
 仲間からは“スラーヴァ”と呼ばれています」
「妾の名はイーヴァルディじゃ。“イーヴィ”とでも呼んでくれ」

女ーイーヴィがそう名乗った時、苛立ち気味に怒鳴るシローの声が聞こえてきた。

「……ふざけんな! どこをどうやったら、んな額が出てくんだ?」

どうやら、形勢はかなりシローにとって不利らしい。
イーヴィはその様子を見て取ると、悪戯っぽくスラーヴァへ向けて笑いかけた。

「ここで出会うたのも何かの縁じゃ。……一つ、ここは妾に任せておけ。
 取引の基本というものを見せてやるでな」
言うが早いが、シローと男の間に割って入るイーヴィ。
先ほどとは打って変わって丁寧な口調で、瞬く間に交渉をまとめていく。
その笑みすら、今はより蟲惑的なものへと転じていた。

あっけにとられるシローの目の前で、彼女は言い値の半額近くでの商談を成立させてしまった。
「……お近づきの挨拶代わりじゃ、取っておけ。おぬしらはなかなかに興味深いでな」
シローに花器を手渡しつつ、楽しそうにイーヴィが言う。
わけのわからない様子のシローがスラーヴァの顔を見たが、
彼は肩をすくめながらの微笑でそれに応えた。

「あ、そうそう。……言い忘れておったが、妾の本業は武器職人でな。
 もし入用のものがあれば、格安で請け負うぞ?」
去り際に、二人の顔を見渡しながら笑いかけるイーヴィ。
まだ状況を把握できていないシローの代わりに、スラーヴァが答えた。
「ありがとうございます。……なんだか、いきなりお世話になってしまって恐縮ですけれど」
「何、気にするな。好きでやっていることじゃ。
 気が向いたら声をかけてくれ……大抵は、このあたりにいるでな」
イーヴィはそう言うと、雑踏の中へと消えていった。

「……何だありゃあ」
彼女の姿が見えなくなった頃、シローが気の抜けた声を上げた。
その様子に、スラーヴァは思わずくすりと笑った。
「さあ? ……冒険者といっても、色々な人がいるものだね」

答えながら、彼はイーヴィの、蛇に似た金の瞳を思い出していた。
無限の知識と深淵へ繋がる複雑な輝き――それでいて、人を惹きつける力がある。
出会えたことは、もしかするととても幸運だったのかもしれない。

偶然の導きに感謝しつつ、スラーヴァは再び市場の散策へと戻っていった。


この日から、イーヴィとスラーヴァたちとの奇妙な縁が始まった。
――彼女が齢数百年を経た蛇の化身と知るのは、もう少し後の話である。


〔執筆者あとがき〕

ゲーム中で何かとお世話になった、イーヴァルディ様(引退)とスラーヴァ達の出会いを描いたエピソードです。
少しだけ、シローの意外な特技に関しても触れています。

イーヴィ様の描写に関しては、プレイヤーさんから「瞳に蛇の名残があり、不気味な印象を与える」との事で伺っていたのですが、今回はスラーヴァの視点ということで、あえて好意的に解釈をしてみました。
「不気味」より「神秘的」といった印象をより強く受けた、ということですね。

彼女には最後まで恩を受けっぱなしで終ってしまい、非常に申し訳ない気持ちが大きいのですが……。
この交流で得られたものを糧として、これからも頑張っていきたいと思います。