ファンタジーな100のお題
78 醜い鳥
AkiRa(E-No.633PL)作
2004/04


醜い鳥
〔執筆者あとがき〕


醜い鳥

年も暮れ、新年が近づいたある日。
冒険者の宿『涼風亭』の庭で掃除をする若者たちの姿があった。
ここを拠点としている冒険者のパーティ――“手探りで進む者たち”の五人だ。

「あー、面倒くせぇ。何で俺様がこんな事しなきゃなんねーんだよ」
箒で乱暴に庭を掃きつつ、真っ先に不平を漏らしたのはヴィヴィオだ。
窓拭きをしていたローラが、口をややとがらせて彼に答える。
「文句言わないでくださいよぉ〜。これで宿代まけてもらってるんですからぁ」

家を持たない冒険者にとって、宿代というのは結構深刻な問題だ。
力量に合った仕事がいつでも舞いこむわけではないし、報酬といっても限りがある。
装備を整えることを考えると、やはり普段の出費は出来るだけ抑えたいところだ。
そこで、たまに掃除などを手伝うことを条件に連泊代金を減額する交渉をローラの提案で試みたのだ。
断られて元々だったが、幸いにも宿の主人は快く承諾してくれた。
数ヶ月に渡って泊まり続けている彼女らである。多少の無理は聞くということだろう。

「所詮は世の中金かよ。あー、やってらんねぇ」
うんざりした様子で溜め息をつくヴィヴィオを、シローが軽く小突く。
「そういうこった、諦めろ。うちの女どもは怖いぞ」
「シローさぁん? 何か言いましたかぁ?」
最後の一言を聞き咎め、険のある口調でローラが言う。
しかし、彼はそ知らぬ顔で自らの仕事へと戻っていた。

そんな様子を眺めつつ、箒を動かしていたキャロラインだったが、彼女はふと、その手を止めた。
ごく小さな音が、どこかから聞こえたような気がする。
「あれ?」
「どうかしたかい、キャロライン?」
スラーヴァが彼女に声をかけてくる。
「あ、ううん。……何か、聞こえない?」
そう言うと、再び耳に意識を集中させる。

弱々しい、かすかな音。それでも、今度はしっかりと聞こえた。

「――鳥の鳴き声?」
どうやら、それは彼の耳にも届いたらしい。
キャロラインは周囲を見渡すと、近くの木の枝にそれを発見した。
ただの黒い塊にも見間違えそうな、一羽の小鳥。
辛うじて枝の上に蹲っているものの、今にも落ちてしまいそうだ。
急いで助けなければと思ったが、悔しい事に小柄なキャロラインには手が届きそうにない。
「あ、あそこ」
彼女が慌てて指差すと、スラーヴァは微笑して頷いた。
「わかった。ちょっと待ってて」
言うが早いが、彼は身軽な動きで木を登り始めた。
枝を揺らさないよう慎重に、目標へと近づいていく。
数分後、スラーヴァは掌に小鳥を乗せて戻ってきた。

「どうかしたんですかぁ? ……あうぅ」
窓拭きの手を止めて様子を窺いに来たローラが、彼の手の中を見て思わず悲痛な声をあげる。
泥に汚れ、深く傷ついた小さな鳥。
その片方の翼が無残に毟られ、あらぬ方向を向いてしまっていた。
「ひどいな……これは」
スラーヴァも、その秀麗な眉を顰めて呟く。

「おい、人に言っておいてさぼってんじゃねーよ。
 ……て、何だぁ? その汚ねぇ鳥」
三人が集まっているのを見て、残りの二人もやって来てスラーヴァの掌を覗きこむ。
「食えそうにねえな」
とんでもない事をさらりと言い出したシローを、キャロラインが毅然と睨む。
「食べないで下さいっ!」
とっさに彼と小鳥との間に割り込み、仁王立ちになる。
「冗談だ、そう怒るな」
弁明するシローに疑わしげな視線を向けた後、キャロラインは怪我をした小鳥をそっと両手で包んだ。

「手当て、してあげたいけど……」
まだ掃除がまだ終わっていないことを思い出し、困ったように呟くキャロライン。
そんな彼女に、スラーヴァはいつもの如く微笑した。
「いいよ、後は俺たちでやっておくから。そっちは任せたよ」
「うん、ごめんね」
誰一人、文句を言う者はいない。
心の中で感謝しつつ、彼女は“患蓄”を連れて自分の部屋へと戻った。


「……痛いだろうけど、もう少しの我慢だからね。今、治してあげる」
彼女の前には、柔らかく清潔な布の上に横たえられた小鳥。
治療のため、傷に障らない程度に泥などは落としてある。
その傍らのは、愛用の治療道具がずらりと並んでいた。

キャロラインはそれらをもう一度確認すると、慣れた手つきで治療を始める。
彼女の目標は看護師。医師と並ぶ、治療のエキスパートである。
そんなキャロラインにとって、傷ついたものを見過ごすことは到底できない相談だった。
弱々しく鳴いていた小鳥も、今は黙ってその身を預けている。

「これでよし、と」
一通りの手当てを終え、軽く息をつくキャロライン。
曲がった翼も、何とか整復することができた。
ここまで来れば、無理さえしなければ回復に時間はかからないだろう。

ただ、彼女の治療はここで終わりではない。最後の仕上げが、まだ残っている。
キャロラインは小鳥に軽く手をかざすと、集中とともに唱えた。

『光の力よ、この者に癒しを!』

彼女の手から放たれた淡い光が、小さな生き物を優しく包んでいく。
力なく、そこにあっただけの翼。それが、徐々に動きを取り戻しつつあった。
最近覚えたばかりの、癒しの神聖魔法の力だった。

看護師と認められるには、卓越した医療技術と神聖魔法の双方が必要になる。
そこでまず、キャロラインは神官の資格を取ることにしたのだ。
幸い、仲間には神官であるスラーヴァがいる。
彼の協力を得ながら冒険の合間に勉強を重ね、つい先日、やっと合格することができたのだった。

神聖魔法による回復と、医療技術による治療は似ているようで異なる。
同じ傷でも、きちんと手当てしてから魔法で癒した方が経過は断然良くなるのだ。
今まではスラーヴァに魔法を頼っていたが、自分一人でそれが行えるようになったのは嬉しかった。

キャロラインが見守る中、小鳥は少しずつ体を起こしていた。
恐る恐る、両の翼を羽ばたかせ――とうとう飛び始める。

「……ふふ、いい子だね」
部屋をくるくる飛びまわる鳥に、笑顔がこぼれる。
その時、ローラの明るい声が響いた。

「あ〜、飛べるようになったんですねぇ♪」
「うん!」
誇らしげに頷くキャロライン。
いつの間にか、パーティ全員が集まっていた。彼らも掃除を終えたのだろう。

「ふむ、少しは見れるようになったな」
汚れも落ち、心なしか羽のツヤも良くなった鳥を見て、シローが言う。
先程の一件を思い出し、キャロラインは上目遣いに彼を見た。
「食べないで下さいよ」
「……睨むなよ」
困ったように、肩を軽くすくめるシロー。

「ん? ――何だ、この。勝手に人の頭に止まってるんじゃねぇよ」
見ると、あの鳥がヴィヴィオの頭の上で羽を休めていた。
どこか気持ちよさそうな鳥と、さも迷惑そうな彼の表情がどこか可笑しい。
笑いを堪えつつ、シローがからかうような声をかける。
「手頃なんだろ、高さが」
「るせぇ!」
その声に驚き、鳥は慌てて飛び立ってしまった。
ローラが慌てて彼を嗜める。

「ああ、もぉ〜、脅かしちゃだめじゃないですかぁ〜」
「――知るかっ!」
完全に機嫌を損ねたらしいヴィヴィオをよそに、他の四人は笑い出していた。
小鳥が、それに応えるように可愛らしく鳴いた。


〔執筆者あとがき〕

キャロラインがゲーム中にヒーラーからクレリックにクラスチェンジすることになったので、それに至る経緯を考えて書いてみました。

彼女の、純粋な治療者としての一面を表現しようと思ったのですが――どうにも説明くさくなった感が否めません。
物語としての要素と、情報とをバランス良く両立させるということはなかなか難しいものですね。