ファンタジーな100のお題 29 ペルソナ |
AkiRa(E-No.633PL)作 |
2004/04 |
ペルソナ |
〔執筆者あとがき〕 |
ペルソナ |
幾多の馬蹄が地を踏み鳴らし、夕暮れの街道に荒々しい喧騒を響かせていた。 剣戟に拳を打ち鳴らす音が入り乱れ、魔法で放たれた光が闘いに色を添える。 襲撃者は、この街道を荒らす盗賊の一団。狙いは、当然ながら隊商の荷馬車の積み荷であろう。 それを迎え撃つのは、護衛として雇われた冒険者――“手探りで進む者たち”。 ただ、ここには全員の姿はない。 投げ武器の名手であるローラは別件でパーティを離れており、じきに合流する手筈となっている。 メンバーをひとり欠いてはいても、彼らの働きにはいささかの揺るぎもなかった。 「偉そうに見下ろしやがって!」 乱戦の最中、シローが毒づきながら盗賊の一騎へ向けて突進した。 馬上から繰り出される槍をかいくぐり、反転して強烈な蹴りを浴びせる。 横っ腹に強い衝撃を受け、騎手もろとも馬の巨体が揺らぐ。 盗賊が手綱に気を取られた瞬間、彼の頭を魔法の弾丸がしたたかに打ち据えていた。 たまらず転げ落ちたところに、シローはすかさず膝を落とす。 鳩尾にめりこんだ一撃は、哀れな盗賊を血反吐とともに沈黙させた。 援護が効を奏したことを確かめ、ヴィヴィオの瞳が新たな標的を求めて泳ぐ。 一方、守るべき荷馬車の前ではスラーヴァがニ騎を相手に立ち塞がっていた。 愛用の長剣を閃かせて槍を打ち戻し、一人を馬上から叩き落とす。 すぐさまもう一騎に視線を移し、攻撃を迎え撃とうとする。 「スラーヴァ!」 左足に響く衝撃と同時に、キャロラインの悲鳴が耳を打った。 落馬した盗賊が倒れたまま、槍の柄で彼の足を薙ぎ払ったのだ。 多少バランスを崩したものの、倒れるほどのダメージではない。 好機とみて攻めこんできた馬上の一撃をかわし、的確に反撃を返していく。 その間に、キャロラインの短剣とヴィヴィオの魔法が二人の盗賊に牙を剥いた。 不意をつかれ、彼らはそれぞれ利き腕と顔面に手痛い傷を負い悶絶する。 年若いとはいえ、彼らも立派な冒険者である。侮る方が迂闊なのだ。 何より、この手の依頼は飽きるほどこなしてきている。潜って来た場数も、そこらの盗賊に決してひけをとりはしない。 続いて迫ってきたシローの恫喝が、残る盗賊たちの戦意を粉々に打ち砕いていた。 「ふん、盗賊って奴ぁどいつもこいつも一緒だな。 ここまで変わり映えがないと、いい加減嫌になってくる」 這う這うの体で逃げ帰る盗賊たちを尻目に、うんざりした様子でシローがこぼす。 「全くだ……こっちは眠いんだよ……あふ」 ヴィヴィオも、欠伸を漏らしながら同意した。 錬金術師を目指している彼は、最近勉強に忙しいらしく慢性的に寝不足なのだ。 「まあ、それが俺たちの仕事だ、諦めてくれ。 とりあえず日も落ちる、今日はここで野営することにしよう」 いつにも増して仏頂面なヴィヴィオの顔を眺めつつ、笑って答えるスラーヴァ。 思わず安堵の溜め息を漏らす少年に微笑すると、隊商の馬車へと足を向けた。 先ほどの足払いで痛みが残る左足を庇いつつも、出来るだけ不自然にならないよう気を配る。 依頼人と二、三言葉をかわした後、踵を返し仲間たちへ声をかけた。 「ちょっと薪を集めてくる。ここは頼んだよ」 一行から少し離れ、街道沿いに広がる木立の中でスラーヴァは一人腰を下ろす。 足の怪我は色々と不都合が多い。早いうちに、治しておきたかった。 治癒の呪文に集中しようとした時、背後から不意に声がかかる。 「……スラーヴァ」 振り返ると、そこにキャロラインが立っていた。 手には救急箱を携え、その瞳いっぱいに気遣うような色を湛えていた。 「どうしたんだい?」 つとめて明るく声を出したつもりだったが、彼女には通用しなかったようだ。 キャロラインの視線は、痛めた左足にじっと注がれている。 「その足、さっきの戦いで怪我したんでしょう? 駄目ですよ、きちんと手当てしないと」 「……大丈夫だよ、大したことはないから」 スラーヴァは内心弱りながら誤魔化すが、勿論キャロラインがそれで納得するはずもない。 「そうやっていつも、我慢するんだから。 同じパーティなんだから、遠慮しないでください。 ……それとも、私の治療ってそんなに頼りないですか?」 最後の一言で逃れられないことを悟り、スラーヴァはとうとう観念した。 「わかった。それじゃあ、お言葉に甘えてお願いするよ」 そう言うと、スラーヴァはブーツを脱ぎ、ズボンの裾をたくしあげた。 視線を落としたキャロラインの瞳が、一瞬驚愕に大きく揺らぐ。 「……驚いた、かい?」 感情を押し殺した声で、静かにスラーヴァが言う。 視界に映るものは、露になった自らの左下腿から足部。 日の光に触れないために一段と白い肌。その一面を、びっしりと醜い傷が覆い尽くしている。 切傷、打撲、火傷……それは、ありとあらゆる虐待の刻印だった。 五歳から十二歳までの七年間に味わい続けた地獄の名残。忌まわしき過去の象徴。 それは未だに彼の全身を蝕み、魂すらも苛み続けている。 「昔から、どういうわけか生傷が絶えなくてね。 みっともないから、あまり見せたくなかったんだ。 ……子供みたいだよな」 自嘲の色を含んだ声は、自分自身にすら白々しく響いた。 無論、医療の専門家を志すキャロラインを謀れるとは思っていない。 素人でも、これが普通の傷跡でないことぐらい判別できるだろう。 人間の手による、執拗な悪意。その残り香は、そう簡単には消えはしないのだ。 「……ごめんなさい」 「君が謝る事はないよ。俺がドジなだけだって」 消え入るようなキャロラインの声に、胸が詰まる。 長い沈黙の中、治療の手を止めずに彼女はふと呟いた。 「……そういえば、私……スラーヴァのこと何も知らないんだ」 今にも泣き出しそうに揺れる瞳を見て、背中から胸に貫くような痛みが走る。 それは槍の如き鋭さでスラーヴァを捉え、その心に凍れる亀裂を広げた。 「……俺は」 「ううん、いいの。……話したくないことだって、あるよね」 おそらくは顔色を失っているだろう自分を見て、慌ててキャロラインが微笑む。 何も心配は要らないと語りかける、その笑顔すら今はひたすら胸に痛い。 途中まで出かけた言葉を飲み込んだ時、彼女は治癒呪文の詠唱を終えていた。 「……はい、これで終わり。 ごめんなさい、変なこと言って」 小さく言うと、彼女は立ち上がった。 踵を返しながら、もう一度振り向きざまに微笑する。 「先に、戻ってますね」 キャロラインの後姿を見送った後、スラーヴァは視線を伏せてひとりごちた。 「……いつまで騙し続ければ気がすむんだろうな、俺は」 言いようのしれない罪悪感が、心を強く揺さぶり続ける。 自らの、穢れた、決して拭えない過去。隠し通してきた秘密。 ――それを知られてもなお、俺は仲間たちのそばにいられるだろうか? 信頼を寄せてくれる者たちを謀り続けている重苦と、安息を手放したくないという渇望。 まったく相反する二つの感情が、複雑にうねりながら彼の中を巡る。 そして――辿りつく場所はいつも同じだった。 “その時”が訪れるまで、ひたすらに護り続けること。 己の全てを懸けても、誰かの盾であり続けること。 これだけは、自分に許していようと思う。 それがありもしない希望だったとしても、例えどんな謗りを受けても構いはしない。 ただ――願わくば、この日々が少しでも長く続くように。 スラーヴァのささやかな、哀しい祈り。それは、ゆっくりと下りる夜の帳の隙間へと吸いこまれていった。 |
〔執筆者あとがき〕 |
本編の第4話と第5話の間に位置するエピソード。 スラーヴァの奥底で強く根を張っている苦悩に、スポットを当てています。 彼の秘めた過去が仲間たちにどのような影響を及ぼしたかは、実際に本編をご覧頂くとして。 こういった話を書いていると、人を理解するって難しいなとつくづく実感させられてしまいます。 自分を曝け出すことも、他者を受け入れることも、いずれも勇気の要ることです。 しかし、お互いに歩み寄らない限り、永遠に分かり合うことはできません。 遠ざかって寂しさに耐えるか、覚悟を持って距離を詰めていくか。 独りで生きていけない以上、こういったジレンマは常について回るのでしょう。 人と人との繋がり。是非とも、大切にしていきたいものです。 |