ファンタジーな100のお題
23 絶対者
貴鈴様(E-No.3430PL)作
2004/06


絶対者
〔執筆者あとがき〕


絶対者

ある日の夜半。
珍しく食事の後も全員がテーブルに留まり、そのまま酒宴になっている。
陽気に笑う者。静かに杯を傾ける者。
様子はまちまちだが、みなそれぞれに楽しんでいるようだ。
その女も喉を葡萄の香りで潤していた。
目の前に座る老人を見つめ、想い出に浸りながら……

あの頃。
女はまだ少女だった。
世の中の事など何も知らなかったが、世の中がどういう物かは嫌という程知っていた。
生きるための術など何も持たなくとも、生きるために何が必要かはわかっていた。
あの頃。
少女は物盗りをして口糊をしのいでいた。



(おっさん……いや、もうじいさんか。今日はラクそうだ♪)

茂みに潜み獲物の様子を窺う。
火を焚いているが、どうやら寝支度に入っているように見える。
あの歳だ。
寝ていてもすぐに起きるかもしれないが、逆に起きてこられてもなんとかなる。
もうすぐ仕事の時間だ。
寒さを堪え、じっとその時を待つ。
そしてしばし、そう、彼女の指先が冷たくなりきって硬くなった頃。
やっとその時が来た。
そろそろと足音を消し、荷物に近づく。
思ったより軽い。
剣士らしい事は見てわかっていたが、もう少し物は持って歩いていると思ったのだが。
この分ならまだ何か持てそうだ。
周囲を見回したその瞳に映ったのは――

「……剣かぁ。」

ちょうどいい。
価値もそれなりにあるし、重量だって持てない範囲ではない。
そう判断しそちらに足を伸ばしたその時。
焚き火が弾けた。
その音そのものはどうという事はない。
ごく普通の事で、旅慣れた者にとっては子守唄のような物だ。
それで目を覚ますということは皆無に近い。
問題は少女自身から発せられた。
左脚に走る刺すような熱さ。
後悔した時には既に悲鳴が漏れていた。
瞬間、老人が素早く身を起こす。

「くっそ……」

もう慎重さなど、神父の説教ほどの価値しかない。
怨嗟の言葉を吐きながら剣を掴むと、脱兎の如く走り出す。
後ろは振り返らない。だが、わかる。
間違いなく追って来ている。
逃げる。
疑念は消えない。
不安が募る。
すぐ後ろまで来ているのではないか。
今にも捕まってしまうのではないか。
恐怖に押し潰される。
耐え切れず背後を確認する。
そこに懸念の姿はない。
一瞬の安堵の直後、何かにぶつかる。
見上げた先に、恐怖はあった。



「おゥ、小僧。結構大漁だったみたいじゃねェか、ん?」

男はさも嬉しそうに笑う。
背後の手下達もそれに倣う。
最悪だ。
思わず毒づきそうになるのを必死に堪え、引き攣った笑いを返す。

「だがなぁ小僧。このあたりは誰のシマだ? そう、俺のだよなぁ。
 おまえらみたいのが安心して仕事ができるのも、俺のおかげ。そうだよなぁ?」

よく言う、と思う。
確かに前半は嘘ではない。
この周辺は目の前の男が率いる盗賊団の縄張りで、
隊商が襲われて壊滅することも珍しくはない。
しかし後半は大嘘だ。
彼らが他の盗賊達を庇護することなどありはしない。
そんな連中であれば、今だってもう少し安心していられるのだが……

「あ、あぁ、もちろんさ……
 い、今もさ、あが、上がりを届けに行かなきゃなって……」

震える声で交渉を試みるも、無情に遮られる。

「でもなぁ、最近思うのヨ。
 少しでも俺んトコに入ってこねぇ分があるってのはなぁ、やっぱ面白くねぇってよぅ。
 でな? ついさっき決めたのヨ……」

ニヤリと笑う男。
その瞬間、抱えていた荷物を横から奪われる。
驚いて振り向くと、いつの間にか背後に盗賊団の男が。

「これからは、全部いただく事にしようってな。」

言葉と同時に、先程とは別の男に羽交い絞めにされた。
熱く湿った吐息が顔にかかる。
口臭だろうか? 耐え切れない饐えた匂いに、戻しそうになる。
耳元で荒い吐息混じりの声が聞こえる。

「頭ァ……こいつ、俺がもらってもイイっスかねぇ?」

「あン? お前、こんなガキがいいのか。ま、好きにしろや。」

名状しがたい何かが全身を駆け巡る。
少女に『経験』はない。
だが、すぐ後ろで自分を拘束している男が何を言っているのかは、直感的に理解した。
街に暮らさざる者にとって、何が原因であるかに関わらず、荒野の行き倒れは日常のひとコマに過ぎない。
その総数からすれば女性は決して多くはないが、一部には共通した痕跡が見られる。
争った跡、汚れ、何より特徴的なのは着衣の乱れ……それも下半身を中心に。
その意味するところは把握していたつもりだったが、やはり今までは漠然としたイメージでしかなかったのだろう。
しかしこの土壇場で、それらイメージのピースは急速に組み上がっていく。
そして、その結末も。

「や……やめろよ、放せ、放してくれよ!」

必死に声を上げて抵抗する。いや、懇願する。
そんな真似が通用するような相手ではない事は百も承知だったはず。
しかし、そんな認識はとうにどこかへ吹き飛んでいた。
ただただ……この状況から逃げ出したい、それのみだった。

「へっ、元気イイじゃねェか。そっちの方が俺も……」

あまりのおぞましさに、思わず体が固まる。
だが男の言葉はそこで途切れた。
何故?
一瞬の安堵と湧きでる疑問。
ずり落ちた男の体と静かに響く低い声が、それに答えた。

「やれやれ、物盗りを追ってきただけのハズだったんだがの。
 まぁ、今ここで心を入れ替えるならば許してやらんでもないが……そんな風でもないのぅ。
 仕方ない、このままという訳にもいかぬか。
 では……愛の鉄槌!」



それはあっという間の出来事だった。
ほんの十数分で森は静寂を取り戻す。
少女を救ったのは、つい先刻まで彼女の獲物だった老人。
剣を拾うや取り囲む野盗達を瞬く間に薙ぎ払い、頭目を叩き伏せてしまった。

「安心せい、抜いてはおらんからの。
 これに懲りてもう悪事は……むう、人の話もろくに聞かんとは。
 まぁ、逃げる者まで追うこともないかの。
 さて、それよりお前さんじゃ、お嬢ちゃん。」

恐怖と驚きでいっぱいだった。
彼らは、あれでもこのあたり一帯を恐怖のどん底に叩き落としていた連中なのだ。
討伐に来て返り討ちに遭った冒険者も少なくない。
それをたった一人で、それも剣を抜きもせずに打ち払ってしまうとは。
そして、自分はそんな男から『仕事』をしてしまったとは……!
腰が立たない。
それでなくとも先程から緊張の連続だったのだ。
しかし老人の口から出てきたのは、
想像を百八十度裏切った、のんびりした口調の暢気な言葉であった。

「盗みはいかんのぅ、盗みは。
 だいたいこんなところを一人でほっつき歩きおって。
 大方家出でもしたんじゃろうが……」

「家なんか……家なんかあるかぁっ!!」

恐怖から開放されると、反動で怒りが沸いてくる。
ついカっとして、感情を爆発させる少女。

「おぉ、なんで儂が怒鳴られなければならんのだ……
 まぁ何にしろ子供をこんなところに置いては行けんからの、とりあえずついて来んか?」



優しげに笑みが漏れる。
それに敏感に反応する老人。

「うぬ、カミラ、お前さんまで今のが儂だと思っとるのか!?」

「はぁ? 何の話さね?」

「何って、今嘲笑っておったではないか。」

更にくすくすと笑って反論。

「違うよ、爺さん。」

「じゃあ、なんだと言うんじゃ。」

憮然として追求する老人。

「ふふっ……爺さん、あんたは変ってないと思ってね。
 あの頃から全く、さ。」

そう言ってグラスを呷る女。
少し鼻白らんだ様子の老人。
興味を持ったものか身を乗り出してくる老婆。
今日の夜はまだまだ長そうだ。

今日。
女は既に華やぐ頃を過ぎた。
世の中の仕組みもとうに理解し、世の中の現実も少なからず味わった。
生きるための術は身に付けたものの、生きる意味は依然その手につかめぬままだ。
それでも、信じられるものもある。今はそれでいい。
今日。
女はまだ、旅の中に生きている。


〔執筆者あとがき〕

カミラ、ヴィクトールとの出会いを回想するの巻、です。
古強者のある夜の夕食後、という想定で書いてみました。
誰も知らない(?)二人の過去・序章、といったところですね。
この先、どういう紆余曲折を経て今の人格が形成されていくかは、次回以降のお楽しみ。

まだガキンチョのカミラは自分で書いていても微笑ましく、これから描写が多くなるのが楽しみでもあり不安でもあり、です。

それにつけても、こんな拙い文章を公共の場に晒すのは恥もいいところですが(苦笑)
なにか趣味がだだもれになりそうで、不安がいっぱいです。
せめて筆力くらいは書いていくうちに向上してくれるのを、願うのみですね。

(管理人注:このあとがきは、2004年6月に書かれたものです)